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【創立70周年記念企画】東京創元社/創元推理文庫の人気ファンタジイ作家3名による座談会『竜とファンタジイ』後編
東京創元社の創立70周年記念企画として、ファンタジイ作家によるオンライン座談会『竜とファンタジイ』の書き起こし記事を、前後編2回に分けてお送りします。前編はこちらから。(編集部)
出席者(五十音順敬称略)
庵野ゆき
乾石智子
鈴森琴
ファンタジイ担当K(東京創元社編集部)
■人と異なる存在との交流
ファンタジイ担当K【以下編集K】:
さきほど乾石先生が挙げられた〈パーンの竜騎士〉『フォース・ウィング』などの竜騎士ものは、竜と人間が特別な絆を結ぶことが大切な要素になっていると思います。
他に竜にかぎらずフィリップ・プルマンの〈ライラの冒険〉シリーズのダイモンと人との関係もそうですし、ロビン・ホブの〈ファーシーアの一族〉の主人公フィッツは動物と特別な絆で結ばれます。
このような絆を結ぶことで、自分が独りではなくなる。心を通わせることができる特別なパートナーを得ることへの憧れが人にはあると思うのですが、いかがでしょうか?
『竜の医師団』では、人と竜との関係は1対1の個人的なものではなく、絆というよりも理解するのが難しい生き物に対する感情のような気がします。
庵野ゆき先生の作品において、人と人、人と竜(竜以外の動物は出てこないですね)の関係について教えていただけますでしょうか。〈水使いの森〉シリーズについてでも結構です。
リョウとレオの関係は特別な絆(バディ)らしくも思えますが……。
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庵野ゆき(アンノ)【以下アンノ】:
『竜の医師団』において、竜とは理解できると思ってはいけない相手として描いています。竜の思考は人間とはかけ離れており、人間が彼らの心に影響を及ぼすことは基本、出来ません。だからこそ畏怖の対象であり、恐怖の対象ともなり、また思いがけず受け入れられた時には、慈悲や慈愛を、人間側が勝手に、感じるのだと思います。ある意味、神のような存在でしょうか。
人間にはミラーニューロンなるものがあります。これによって赤ん坊の時から相手の行動や言動をコピーし、同じ状況に同じような行動をとることができます。このシンクロの妙を人は共感と呼んでいます。そして快感や安心を覚え、信頼関係を結び、集団行動を可能にします。
言語はさらに広範囲での共感を可能にするため、非常に強力な魔法と感じます。
ですが反応や言葉が一緒だからといって、心情まで同じことにはなりません。つられて笑っただけで、内心では困っているかもしれないし、また複雑な感情が入り混じって、本人にも分かっていないかもしれません。この個人の意識の境界の曖昧さが、『竜の医師団2』で取り上げた「安楽死問題」などの意思決定場面で非常に問題となります。「同じように感じている」と思い込むことは、時に暴力になりえるのです。
『竜の医師団』のドラゴンは、この「分かりようのない相手」である点をことさらに強調しています。
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庵野ゆき(ユキ)【以下ユキ】:
でもやっぱり人間だと、「同じ瞬間を共有する」楽しさにはなかなか抗えないと思います。
私たちの作品には様々なバディが登場しますが、彼らはだいたい、相手と真逆の個性を持っています。なので基本的に「何を考えているのかさっぱり分からない」ともどかしく思うわけですが、「もしかしたら今、同じ気持ちかもしれない」と感じる瞬間がある。そんな矛盾に翻弄される苦しさや楽しさを、彼らは体現しているのかもしれません。
編集K:
ありがとうございます。
鈴森先生、いかがでしょうか?
鈴森琴【以下鈴森】:
特別な絆で結ばれたパートナーへの憧れは、たしかにあると思います。
そこに運命性・宿命性があるかどうか、というのもおもしろい問いかけです。
竜のように稀有な存在をパートナーとすることは、たしかに運命的です。絶対数の少ない存在から選ばれるということは、主人公もまた稀有な存在であることを示しているからです。
血筋、魔法の力、生まれた環境、さまざまな理由があるでしょうが、いずれにせよ選ばれるだけの理由があり、それこそが物語をぐんぐん前へと進ませる機動力となりますよね。
編集K:
〈六災の王〉シリーズにおいては、人外のイヌやネコとの関係は竜騎士と竜との関係のような運命的なものというよりも、現実のイヌやネコと人との関係に近い気がしますが、いかがでしょうか? 人外をに対してリクエストという形で命令をだしたり、フェロモンキャンディという特別なオヤツで釣ったりしています。
鈴森先生の作品において人と人、人と人外の絆というのはどのようなものでしょうか?
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鈴森:
さっきとはまったく逆の話になりますが、運命的なパートナーって、実はとても近くにいるんじゃないか? と思いながら描いているのが、〈六災の王〉シリーズにでてくるイヌネコです。
私もこれまでワンコや野良ニャンコやピーコを家族にむかえましたが、やはり運命的な絆を感じる子はいると思います。
「この子は私を救うために生まれてきてくれたんじゃないか……?」とか、「この子は前世で生き別れた最愛の恋人では……!?」みたいな(笑)
ペットを飼っていない人からすれば大げさですよね? でも親バカな飼い主って、うちの子に運命を感じてしまうことなど日常茶飯事なんですよ。人間も、特別な存在である竜も、ありふれた存在であるイヌネコも、命という意味ではおなじかもしれない。
思ってもみない相手と、ひょんなことから特別な絆を築いていく――。
そんなすてきな夢を妄想しながら、私は物語を描いているかもしれません。
編集K:
そのお気持ち、すごくわかります。
乾石先生、最新作の『月影の乙女』では、主人公のジルに対し、身の内に棲む〈月の獣〉がいつも「独り」と囁いています。
そのあたりの、孤独と他者との絆に対しては、乾石先生の作品ではどういう捉え方をしていらっしゃいますか?
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乾石智子【以下乾石】:
「孤独」というのは、人に課せられた真理の一つだと思います。気づいたとたん、その重さにとらわれる人と、一人が当たり前なのだと淡々と受け容れる人、他の者との絆で補い、精神を健やかに、人生を前向きに生きようとする人、他者にすっかり依存してしまう人、と、様々な姿が浮かびあがってくる。
『月影の乙女』の〈月の獣〉は、残酷な真理をささやきつづけるわけですが、人々とのつながりによってジルの心が鍛えられ、強く広くなっていき、共感性も持てるようになるに従い、ささやくことが少なくなっていきます。真理に打ちのめされないジルになっていく。〈月の獣〉は、試金石のような存在なのかもしれません。
絆を結ぶ相手として、人がしばしば人間以外の生物を選ぶのは、彼らが決して人間を裏切らないからでは。彼らは、無条件の信頼を与えてくれます。そして、決して非難しない。たとえ彼らが口がきけたとしても、こちらを貶めたり、邪な言葉を吐いたりは絶対にしないでしょう。絶対的で恒久的な関係は、汚されない無垢という存在で支えられているように思われます。
■異世界を創るときに大事なこと
編集K:
ありがとうございました。
ここいらでちょっと竜から離れてしまいますが、皆さんそれぞれに異世界を舞台にしたファンタジイを描いていらっしゃいます。異世界という全く現実と違う一つの世界を作り上げるというのは結構な力技になると思うのですが、世界を創る際の流儀とか、大事にしてること、譲れないことなどがあったら教えていただけますか? 乾石先生からお願いします。
乾石:
まず地図を書きますね。適当に地図を書いて、そこに何か入れていくみたいな感じですね。だから、今回の『月影の乙女』ではまず、日本の本州を横にして、その周りに敵となる国とか、支配する、あるいは支配される属国などを作っていきました。
また、〈オーリエラントの魔道師〉の世界ですと、地中海の一部みたいな感じで。イスラエルやレバノン辺りとエジプトを合体させて、あのあたりを地続きにしたように作ってみました。
ユキ:
乾石先生は最初に地図を描くとおっしゃってましたが、名前とかも全部最初に考えて決めてしまうんですか?
乾石:
うーん、そうですね。例えばここの岬と海の狭間にあるこのへこんだところには必ず港ができるよねって言う感じで、まずそこに黒丸つけて、じゃあ名前何にしようか、ってこうあたりを見回すわけですよ。そして例えばモノの消しゴムなんかが目につくとモノ……モノそのままじゃ無理だな。モンとかモンナとかそんなふうに、舌の上で転がして適当にくっつけてきます。
『沈黙の書』を書いた時には、冗談で山形の方言でソダナとかソゲダナとかいうのを地名にしてみました。結構山形の人に評判が良かったです。笑ってもらえました。
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編集K:
人名もやっぱりそれぞれの世界観を表しているところがありますね。
乾石:
そうですね、その世界の人種とか暮らしぶりとか考えれば、オーリエラントでは、絶対にアーサーとか、レイチェルなんていう名前はつけられない、つけたいけどね。
その世界の雰囲気ってあるじゃないですか。雰囲気に合ったようなものをつけますよね。
ところで、全然違う話ですが、鈴森さんの『騎士団長アルスルと翼の王』でしたっけ、気球みたいなところに乗っかってる都市。あの、にゃんこが気球から落ちてくる……。あれはどうやって思いついたのか聞きたいと思っていました。
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鈴森:
私、結構方向音痴なので、地形とかあんまりなんですけれど、まぁ空だったら……あー、ジブリの影響はすごくありました。それは書けば書くほど感じていて、特に『天空の城ラピュタ』とか『風の谷のナウシカ』にはかなり影響を受けました。多分それを幼児期に吸ってしまったから、ラピュタのイメージでいっちゃったんじゃないかなとは思います。
乾石:
にゃんこ可愛い!
鈴森:
にゃんこ可愛いですね。
編集K:
にゃんこが気球からバラバラ降ってくる。あれいいですよね。
鈴森:
姪っ子の猫が2階から降ってきたことがあって。階段からジャンプして姪っ子の背中に乗ったんですね。で、猫は何でもありだなあって。私は犬と鳥しか飼ったことがないので……猫はちょっと全然違いますね、かっこいいですね。と思って、かっこいいものとかっこいいものをくっつけました。
編集K:
乾石先生のところの猫は上から降ってきたりはしないですよね?
乾石:
落ちます。
編集K:
落ちますか?
乾石:
落ちてきます。キャットタワーの最上階から落ちて2段目にぶつかって。
編集K:
それは本当に落ちてるんですね。
乾石:
落ちてます。はい、肩で着地してます。
編集K:
怪我しそうですね。それは犬はできないですからね。
乾石:
犬はね。でも猫は怪我もしないで大丈夫です。
庵野先生の世界観はいかがですか?
ユキ:
一番大事にしてるって言ったら、それなりにこの世界では理屈は必ず通しておきたい。例えば、魔法で空を飛ぶ世界なら、その世界ではどういう理屈で飛んでるのか、などの理屈を必ず考える。
アンノ:
自分で納得できるように。
ユキ:
そうそう。理屈っぽさからいって、私たちの書くのはサイエンス・ファンタジイに当たるのかな? と思う。
編集K:
世界観がスチームパンクっぽいというか。
ユキ:
産業革命前後のあたりの、新旧入り混じった世界を想像してますね。
編集K:
面白いのはそこにすごく巨大な竜が出てくるだけで、急にファンタジイとしてのイメージが決まるのは、竜の力のすごさだという気がしますね。
ユキ:
そうですね。竜はどんな感じでも料理できる。鈴森先生もおっしゃってましたけど、竜は身近でとっつきやすい。イメージがすぐにパッと思い浮かぶ。世界を一から作り上げるハイファンタジイって、説明に膨大なページ数が必要になってくると思うんですけど、竜はとっかかりとして便利だなと思います。
竜の歴史や変遷については先ほどアンノが話したと思うんですけど、そういうことは最近調べて知ったのであって、もともとイメージとして持っていたわけではないです。アンノはゲームからだし、私もアニメや映画などで見てきたものが基盤になっています。あとは『まんが日本昔ばなし』の龍とか。
普通はそうなのかなと思ってみたりします。本当は良く知らないくせに、何故だが誰もが知っていて、イメージもスムーズに思い浮かぶ。曖昧なくせに形がしっかりあるという、まさにファンタジイな存在ですよね。
編集K:
ありがとうございます。鈴森先生はどうですか? 一番最初に〈忘却城〉という摩訶不思議な世界観を思いついたのはどんなきっかけだったんでしょう?
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鈴森:
大事にしていることというと、「俗っぽさ」でしょうか。うれしい、楽しい、痛い、怖いっていう感情は、誰でもファンタジィで描くと思うんですけど。もっと世俗的なこと……例えば、お金がないとか。彼氏や彼女が欲しいとか、あいつとは絶対ウマが合わない、もう大嫌い、みたいな「俗っぽさ」を落とし込んだ方がとっつきやすいかなっていうのがあって。家族が死んで胸が苦しい、めんどうくさいお金の問題、あんなやつ死んで良かった、みたいな汚い感情を落とし込んでみたら、あんな感じになってました。
編集K:
〈忘却城〉のシリーズはゾンビの……。ゾンビというと少し違うのですが、死んだ人が生き返るというか、動くというか。あれが結構強烈だったんですよね。あれは中国のキョンシーから思いついたものなんですか? ゾンビとキョンシーのあいだのようなものなんですか。
鈴森:
映画の『幽幻道士』は好きでした。あと16歳のときに父がすい臓がんで亡くなったんですけど、生き返って欲しいな、と思ってばかりだった気がします。スティーヴ・ジョブズでも助からない、お金があっても助からないのがすい臓がんで、ああ、よりによってお父さんが選ばれちゃったんだなとか、いろんなことを考えたので。それがそのままデビュー作につながってしまったのかなと。生き返ってほしいと家族が願うのはノーマルな感情ですよね。そんなことだったと思います。
編集K:
死体を動かす規模がものすごいですよね。
鈴森:
そこはファンタジィなので、これぐらい動いたらエンタメ化するかなと。
乾石:
スケールが大きいよね。
鈴森:
あとゲームのバイオハザードでしょうかね? あれも楽しいので。
編集K:
でも、バイオハザード的な人を襲ってくるゾンビというよりは、操れるゾンビというか言うことを聞くというか……。すごくイケメンのゾンビも出ますよね。
鈴森:
バイオハザードだとやっぱあの大群で襲ってくるイメージがあったので、そういう意味ではある程度大群というか、国家規模にしてもいけるんじゃないかなって。
編集K:
それに対して、『皇女アルスルと角の王』では同じ世界の別の大陸ですが、こちらはもふもふが山ほど出てくる。もふもふは個人的にとても好きなので、嬉しいのですが。
そういえば『忘却城』でも巨大なウサギが出ましたよね。
鈴森:
そうですね。生き物が好きなので、あと、暖かいので。
編集K:
来年2月に刊行予定の3巻『聖剣アルスルと傷の王』はネズミが出くるんですよね。
鈴森:
何でもありですね。
■次回作の見どころ
編集K:
ではその流れで、次の作品のアピールというか見どころを簡単にお願いします。また順番を変えて庵野先生からお願いできますか。『竜の医師団』の3巻、4巻も来年の3月、4月の刊行に向けて進めていただいていますね。
アンノ:
3巻の最初で、お爺さん竜ディドウスがある日、突然親になって子育てすることになります。
ユキ:
托卵されるんです。
乾石:
托卵? よりによっておじいさん竜に?
アンノ:
そうなんです。ディドウスは子育てしたことはあるんですけど、2000年くらい前だったんです。人間たちは人間たちでおじいさん竜しか診たことないのに、赤ちゃん竜が生まれちゃって、どうしたらいいのか誰もわからない状態でオロオロします。その赤ちゃん竜も、おじいさんよりも容赦がない、というか、いうことを聞かない。
ユキ:
毎日車1台分ぐらい大きくなっていく。
アンノ:
でも頭は追いつかないから、言葉は一切通じない。目の前を人間や車が走っていたら、面白がって、思わずパクっとやりそうになり、みんなが慌てて逃げる。そんなドタバタな毎日から始まります。その後、赤ちゃん竜にとある疾患が判明し、4巻ではその治療の道筋を探るために、竜が集う島イヅル国へと渡ります。イヅルでは独特の文化と、曲者の竜外科医が登場します。
編集K:
赤ちゃん竜はかわいいですよね。飛行機サイズで人を襲ってくるってどう考えても怖いんですけど、でもすごい可愛いんですよね。
アンノ:
本人は遊んでいるつもりですからね。無邪気なんです。
編集K:
大型犬の子育てみたいだと思いながら読んでましたけど……。
『竜の医師団』は3月に3巻、4月に4巻が出ますので楽しみにしていただければと。
さて、鈴森先生、さっき〈六災の王〉シリーズ3巻のネズミの話が出ましたが、3巻『聖剣アルスルと傷の王』のお話をお願いします。勿論既刊の話でも大丈夫です。
鈴森:
〈忘却城〉シリーズは群像劇だったんですけど。〈六災の王〉シリーズでは、全巻を通してアルスルという一人の女の子の成長を描いています。
アルスルが背負ってしまった宿命……ひと振りの大剣があるんですけれど、彼女がこの大剣と向き合っていくなかで、無力な少女から、帝国の王者になるほどの知恵と勇気と味方を獲得していく。そんな彼女の宿命に、ひとつのケリがつく3巻です。また今回は、さっき乾石先生がおっしゃったように、人名とか地名を考える上で、北欧神話をイメージしています。人狼と呼ばれる少年、地底にある大図書館。ドワーフとよばれるネズミたちがいて、その王が、世界樹のように大きいよ、という感じです。この3巻で、アルスルという人間の骨格が出来上がったのではないかと思っています。
編集K:
ちなみに、1巻と2巻というのは……。3巻が北欧神話で、1巻と2巻は?
鈴森:
あんまりネタバレするとよくないですが、1巻はアーサー王伝説なので、ブリテン島あたりのイメージなんですね。2巻のアンゲロスだと、いわゆるキリスト教というかカトリック的なネーミングとか生活文化になっていて、3巻では北欧になってる感じですね。微妙に近い世界観なんだけど、ちょっとずつ差別化ははかれていると思いますが、どうですか?
編集K:
大丈夫だと思います。アルスルのシリーズには、〈六災の王〉という六体の人間にとってはなかなかに迷惑な人外が存在するのですが、六体の人外王のうち1、2、3巻で出てこないのがクラゲと芋虫ですよね。
鈴森:
クラゲと芋虫です。
編集K:
別に私があえて避けていただこうとしたわけではないんですけど、超巨大な芋虫かぁ……と。ちょっとビジュアル的にどうなんだろうと思って……。クラゲは1巻の『皇女アルスルと角の王』で言及されたりはしましたよね。芋虫に関しては歌の中に出てくるだけですね。ありがたいことに。
アンノ:
クラゲに関しては、クラゲの棘から作り出されたスモールソードで敵を刺した瞬間、「聖なる、聖なる、聖なるかな」って讃美歌が聞こえるシーンがありましたが、あれが大好きでした。
編集K:
ありがとうございました。では、乾石先生、『月影の乙女』の話と、2025年刊行予定の〈オーリエラントの魔道師〉シリーズの次の作品についてお願いいたします。
乾石:
『月影の乙女』は現在発売中です。これはロシアのウクライナ侵攻にすごくショックを受けて武力と正義と、国を守るということは矛盾するのか、矛盾しないのか、何が正しくて、何が正しくないのかと思いながら書いたんでした。
それに一人の少女の成長を絡めて。罪というのはなんだとか、正義というのはなんだとか、それを考えながら。今日昨日あたりから、あのへんの情勢もめまぐるしく変わってきていて、ジョージアとかイラクとかものすごいことになっていますよね。わたしの願いとして、早急に落としどころを見つけて、世界が平和になってくれればいいなぁと思いながら記した本ではあります。
それから、〈オーリエラントの魔道師〉の連作短編を今書いております。連作なのでそれぞれに主人公がいるんですが、その4人の主人公たちが夜色表紙と呼ばれる夜の写本師が書いた薄っぺらい小さな冊子に導かれて、それぞれの道を見つけていく話になるかどうか……。
編集K:
それぞれの短編で主人公がちがっているんですね。ところで〈オーリエラント〉は世界が出来上がっていて、その中でこの場所、この時代、この主人公と取り上げていらっしゃるんですよね。
乾石:
1冊1冊で完結していますので、どこから読んでも大丈夫なんです。
編集K:
そうなんですよね。今一番新しいのは『久遠の島』ですね。『久遠の島』から読んでいただいても大丈夫ですか?
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乾石:
大丈夫ですが、できれば『夜の写本師』を先に読んでいただいたほうがいいですね。
編集K:
そうですね。
お話は尽きないですがお時間になりましたので、このあたりで終了とさせていただきます。
どうもありがとうございました。
(2024年12月5日、オンラインにて収録)
座談会で言及されたとおり、2025年2月には鈴森琴先生の〈六災の王〉シリーズ3巻『聖剣アルスルと傷の王』が、3月、4月には庵野ゆき先生の『竜の医師団』3、4巻が連続刊行され、また2025年じゅうには乾石智子先生の〈オーリエラントの魔道師〉シリーズ最新巻の連作短編集も刊行されます。
2025年巳年も沢山の面白いファンタジイをお届けいたしますので、皆様楽しみにお待ちください。
■庵野ゆき(あんの・ゆき)
徳島県生まれのフォトグラファーと、愛知県生まれの医師の共同ペンネーム。2019年『水使いの森』(応募時のタイトルは『門のある島』)で第4回創元ファンタジイ新人賞優秀賞を受賞。
■乾石智子(いぬいし・ともこ)
山形県生まれ、山形県在住。1999年教育総研ファンタジー大賞受賞。スターウルフで目を覚まし、コナン・ザ・バーバリアンから最初の一歩を助けてもらった。著書に『夜の写本師』『魔道師の月』『太陽の石』『オーリエラントの魔道師たち』『紐結びの魔道師』『沈黙の書』『赤銅の魔女』『白銀の巫女』『青炎の剣士』『イスランの白琥珀』『神々の宴』『久遠の島』『闇の虹水晶』『滅びの鐘』などがある。
■鈴森琴(すずもり・こと)
東京都出身。玉川大学文学部卒業。2018年の第3回創元ファンタジイ新人賞に佳作入選した『忘却城の界人』を、2019年『忘却城』と改題してデビュー。他の著書に『忘却城 鬼帝女の涙』『忘却城 炎龍の宝玉』『皇女アルスルと角の王』『騎士団長アルスルと翼の王』がある。