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レクーラック『奇妙な絵』、レイン『もしも誰かを殺すなら』…紙魚の手帖vol.15(2024年2月号)書評 村上貴史[翻訳ミステリ]その1
【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.15(2024年2月号)掲載の記事を転載したものです】
『奇妙な絵』(中谷友紀子訳 早川書房 三一〇〇円+税)は、二〇一七年にデビューし、その作品がアメリカ探偵作家クラブ賞ヤングアダルト部門にノミネートされたジェイソン・レクーラックの本邦初訳作品である。二〇二二年に発表された。
二一歳になるマロリーは、ニュージャージー州でベビーシッターの職を得た。かつては有望な陸上選手であったが、その後ドラッグとアルコールに溺れ、そこから再起を目指している。薬を絶たって十八ヶ月と半月になる彼女が世話をするのは、マクスウェル家の五歳児、テディだ。住み込みで働くことになったマロリーは、テディが描く絵に興味を持った。子供らしいタッチで何枚も描かれるのだが、時折、奇妙な絵が混じる。例えば幽霊、例えば、地面を引きずられる死体、など……。
本書には数多くの絵が挿入されており、その一枚一枚に意味がある。それ故ゆえ、解説で若林踏が警告しているように、本書をパラパラ捲ることは厳禁だ。テディの絵は、物語の進行とともに徐々に変化していく。その変化がもたらすサプライズも本書の魅力であり、また、それぞれの絵に表現された情報も本書において重要である。それぞれの絵は、適切なタイミングで目にしていくべきなのだ。そうやって読み進めば、マロリーが抱いた違和感が、様々な調査を進めるうちに徐々に恐怖に変わっていく様をしっかりと味わえるし、奇妙な絵の真相への道筋も愉しめる。後者についていえば、それはまさに驚きの真実だ。奇妙な絵という発端から、こんな結末へと到達するとは。意外性だけでなく、ドラマとしての奥深さがあり、さらに最後の数頁の味わい深さもある。いや素晴らしい。ちなみに霊的な要素も少しばかり混じってくる本書だが、そこにはきちんとロジックが存在しているので、ミステリファンもこの展開に納得できるだろう。また、それらと並行して、薬物と酒への依存からの回復を目指すマロリーの心理が、初動を誤った恋心と重ね合わせて描かれており、さらに、かつての人種差別の問題も物語の背景にたしかに配置されているなど、著者が様々な角度から丁寧に小説を仕上げていることが伝わってくる。
続いて紹介するパトリック・レイン『もしも誰かを殺すなら』(赤星美樹訳 論創社 二四〇〇円+税)は一九四五年の作品。
陪審員達は、殺人事件の被告人を有罪と判断した。一年後、被告人は死刑に処され、一方で陪審員達は、自らの評決を記念する再会の集いを始めた。年に一度の彼等の集いには、毎年一人の闖入者があった。死刑に処された被告人の妻である。彼女は評決が誤りであると主張すると共に、陪審員達を呪った。そして五回目となる今年の集いは、陪審員達の一人の所有する人里離れた山荘で開かれた。そこに集った面々は「自分が人を殺すならどんな手段を選ぶか」という会話を始める。だが、彼等は知らない。その会話の後に一人の弁護士が訪れて、殺人事件の真犯人の自白により陪審員達の有罪判断が誤りと判明したと告げることも、吹雪によって自分達が山荘に閉じ込められることも。そして、この山荘で自分達が一人ずつ殺されていくことも……。
吹雪の山荘というクローズドサークルでの連続殺人を描いた一作だ。誤った判断で一人の男を死に追いやった陪審員達が、自ら語った殺害方法で殺害されていくという趣向が特徴である。探偵役を務めるのはパトリック・レイン。著者と同名のこの登場人物は、陪審員コナントの友人であり、今回の集いで講演を依頼された犯罪心理学者である。彼は本書の探偵役と同時に語り手でもあるが、盲目であり、読者が得られる情報は視覚情報を除いたものに限られている。こうしたかたちで一ひねりされた閉鎖環境での連続殺人は、刊行年代の古さを意識させないほど強力に、読み手の心を虜にする。殺害方法は多様で、それはすなわち作者も様々な工夫が必要になることを意味するのだが、その観点でもまずは満足だ(精緻とは言いきれない面もあるが、目くじらを立てる気にはならなかった)。そんな本書において着目したいのは、探偵役レインがいかに事件に幕を下ろしたか、である。真相のさらにその先まで考えた探偵役の行動もまた読みどころだ。ちなみにパトリック・レインとしては本書が初訳だが、アメリア・レイノルズ・ロング名義で、ポオの作品を見立て殺人に活かした『誰もがポオを読んでいた』(論創社)などの邦訳がある。同書の帯に〝B級ミステリの女王〞と謳われた著者による別名義での一作、ご堪能あれ。
■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。