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青崎有吾『地雷グリコ』、楠谷佑『案山子の村の殺人』…紙魚の手帖vol.15(2024年2月号)書評 宇田川拓也[国内ミステリ]その1

【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.15(2024年2月号)掲載の記事を転載したものです】


 一見すると型から外れているように思えるが、いざ読んでみると見事なまでに本格ミステリであり、さらにめっぽう面白く仕上がっているのだから感嘆するしかない。

 青崎あおさき有吾ゆうご 『地雷グリコ』(KADOKAWA 一七五〇円+税)には、よく知られる遊びやゲームをアレンジした対戦型遊戯が登場する。たとえば、グーは「グリコ」、チョキは「チヨコレート」、パーは「パイナツプル」、じゃんけんで勝った手の字数分だけ階段を上り、いち早く頂上を目指す〝グリコ〞に、踏んではいけない〝地雷〞を対戦者同士が仕掛け合う趣向を加えた「地雷グリコ」。百人一首の絵札を使い、〈男〉と〈姫〉のペアを揃える神経衰弱――ただし〈坊主〉をめくると一発アウトな「坊主衰弱」。オニはかけ声の文字数を、子は進む歩数をあらかじめ審判に入札し、それに従った〝だるまさんがころんだ〞で勝敗を決する「だるまさんがかぞえた」等々、全部で五種目。難度はそれほど高そうに見えないが、じつは高度な駆け引きと読み合いだけでなく、柔軟な発想も求められるこれら異色のゲームに参戦するのが、切れ者的な印象を微塵みじんも感じさせない飄々ひょうひょうとした女子高生―― 射守矢いもりや真兎まとだ。物語は、登場する各人の事情によりゲームの勝ち負けでなにかを決めなければならない局面で、真兎が助っ人として駆り出される形で進行していく。

『カイジ』をはじめとするギャンブル漫画のようなテイストだが、本作では運や不確実性に結果が左右される要素は一切ない。あくまで情報と戦略と機転がものをいう競い合いとして徹底されており、真兎がどのように不利な状況を打破して痛快な逆転劇を演じるのか、ゲームの展開を追いながら読み手の側も推理するたのしみがある。このフェアな作劇の構図は、まさに著者と読者の真剣勝負である本格ミステリのそれであり、各ゲームのクライマックスで、まさかそんな手があったとは!とひざを打つ気持ちよさが何度も味わえる。さらに本作は、真兎、その友人の鉱田こうだ 、別の高校に進学した中学時代の同級生にまつわる青春物語にもなっていて、対戦ゲーム小説の趣向のみに留まらないドラマの魅力も備え、抜かりがない。年間ベスト級といっても過言ではない、著者のキャリアハイを更新する新たな代表作の誕生だ。

 楠谷くすたにたすく案山子かかしの村の殺人』(東京創元社 一八〇〇円+税)は、「次世代を担う新鋭たちのレーベル」として立ち上げられた叢書そうしょ《ミステリ・フロンンティア》の二十周年記念特別書き下ろし作品(ということは、第一回配本・伊坂いさか幸太郎こうたろう『アヒルと鴨のコインロッカー』刊行から、もうそんなに経つのか!)。

 大学生の宇月うづき理久りくと同い年の従兄弟いとこである篠倉しのくら真舟まふねは、〝楠谷佑〞のペンネームで合作している大学生推理作家コンビだ。次作では山村を舞台にする予定で、プロット担当の真舟の仕事は順調に進んだものの、執筆担当である理久の作業が思うようにはかどらない。すると、この行き詰まったタイミングで、大学の友人である秀島ひでしま旅路たびじから誘いの声が。彼の実家が秩父ちちぶの山奥にある宵待村よいまちむらで旅館を営んでおり、執筆の参考になるのでは――というのだ。こうして理久と真舟が宵待村に足を運んでみると、なんとそこは案山子ばかりの一風変わった村。まさにミステリの舞台にうってつけと喜んだのも束の間、不吉な展開を暗示するように案山子に毒の矢が射込まれ、さらに不可解な案山子の消失に続き、ついに殺人事件が起きてしまう。折しも雪によって密室状態と化したこの村で、凶行に及んだ犯人はいったい誰なのか……。

 主役の探偵役ふたりの設定が、従兄弟同士の作家クイーンにならっていることはいうまでもないが、内容もじつに正統派の犯人当てになっている。〝読者への挑戦〞を二度用意するフェアな姿勢、そのうえでなお読者に見抜かせない周到な演出と手際も好印象。そうそう、こういうストレートなのが読みたかったと溜飲りゅういんを下げるミステリファンもきっと少なくないだろう。前号の当欄で岡本おかもと好貴よしき 『帆船軍艦の殺人』(東京創元社)をご紹介した際、ちらと触れたが、特殊設定や多重解決の盛り上がりがピークを迎え、改めて原点に立ち返り、スタンダードのよさを再確認するような流れが、若い書き手の間で起こり始めているのかもしれない。


■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。


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