【実施レポート】ソーシャルファームセミナー「ソーシャルファームの経営者に聞く 多様な人材が集まり、活躍する企業の採用と育成術」<前編>
「多様な人材が集まり、活躍する企業の採用と育成術」についてソーシャルファームの経営者らに聞くソーシャルファームセミナー(東京都主催)が、2024年2月27日(火)、都内で開催されました。誰もが活躍できる社会の実現に向け、取り組み事例を通して、それぞれの企業で実践していくためのヒントを考えるセミナーです。基調講演の後、東京都認証ソーシャルファームの認証企業が登壇しました。当日の様子をご紹介します。
【基調講演】多様性と社会的包摂(diversity & social inclusion)の実現へ向けて企業はどう貢献できるか
一般社団法人社会デザイン・ビジネスラボ 代表理事 中村陽一氏。民学産官協働によるまちづくり、社会デザインの専門家として活動。
「社会デザイン/ビジネス/ソーシャルファームのWell-beingなカンケイ」と題して、多様性と社会的包摂の実現へ向けて企業はどう貢献できるのかといったお話をさせていただきます。まず、「先義後利」と「共創共栄」という言葉を紹介します。
「先義後利」というのは、「大義」があってあとから利(益)が生まれるということです。「共創共栄」は、一緒に社会の繁栄を創るということで、一人勝ちはないということです。
きちんと成果を上げながら発展していく経営を実現していくためには、既存の常識をいま一度アンラーニング(学びほぐし)していくことが大切です。ぜひ、ソーシャルファームにかかわるような現場を歩く、見る、話す、聞くということをやっていただくようにお願いしたいと思います。
ここでソーシャルファームについても少し解説させていただきます。社会的企業という大きな集合(枠組み)の中に位置づけられるもので、もともとはヨーロッパで発達してきた形態です。イタリアでの精神病院を退院した方々などを対象とした社会的協同組合が有名です。これには、医療・福祉的なサービスを提供するA型と、就労に困難を抱えている方たちを採用する企業を指すB型があります。このB型というのが、東京都のソーシャルファームの定義とも重なるところがあると思います。
企業というものは、規模に関係なく「社会の公器」です。ですから、企業という枠組みを活用して、それにどういうものを載せて、何を実現しようとしているのか、つまり企業理念や経営理念を明確化しておくことが重要になります。
ソーシャルファームの場合でも、就労に困難を抱えている人を採用するということは基本としてありますが、「社会の公器」である企業としての存在理由を、地域の人々や社員、ステークホルダーといわれる株主に示していくことが大切になります。さらには、経営と社会的課題の解決とをどのように両立していくかという点においても持続性が求められるようになっています。
今の社会は、「個人」「私」というところが出発点になることが増えています。かつては組織が優先されていた時代もありましたが、今は若い世代に限らず中高年も含めて、「私の幸せ」を実現することが大事なのだという発想が広まっています。これは利己主義や個人主義ということではなく、そのことが組織や企業、地域を幸せにしていくのだという発想がようやく日本でも定着し始めているということだと思います。こうした意味からも、就労に困難を抱える人が、個人としてどうやったら心豊かに暮らしていけるのか、よりよい暮らしをできるのかということについて、社会が一丸となって取り組んでいこうという流れになってきているのです。
【企業講演1】就労支援機関と連携し、若者の居場所つくる
ディースタンダード株式会社 代表取締役 小関 智宏 氏
<東京都認証ソーシャルファーム>
ITインフラを中心に、SaaS型サービス等、ITソリューションを提供するIT企業。リーマン・ショック直後のIT業界での若者の不遇な状況をみて若手の教育に注力し始める。
「若者と雇用」をテーマにお話します。我々は2022年に東京都のソーシャルファームに認証されましたが、認証を目指してやってきたのではなく、「気がついたらソーシャルファームだった」という感じです。そうした経緯をお話します。
当社は、2007年創業のシステム開発などを行うIT企業です。創業時はITバブルの最中でしたが、翌年にはリーマン・ショックとなりました。働き方改革以前の時期ですから、エンジニアは、何日も会社に泊まっているような状況だったり、「プログラムは勝手に見よう見まねで学ぶものだ」と十分に教育されなかったりするような状況でした。こうしたIT業界の従来のやり方のままでいいのか」と悩みながら、どのようにエンジニアを育成していけば良いのかと模索していました。
そうした中で、働きたいけれど働けない若者の自立を支援している認定NPO法人「育て上げネット」を知り、「一緒に取り組めないか」と何度か相談したのです。そこから当社がひきこもりの若者たちをインターンとして受け入れるという連携が始まりました。若者たちには、当社でインターンとしてIT技術を学び、業務も手伝ってもらいます。このような取り組みは、経営理念として「Passion@ge to the world!」(@geはageの意)を掲げることにもつながりました。若者の居場所として、世界一みんなの夢が叶う会社を目指しています。若者たちを受け入れる中で、得たポイントを紹介します。
1つ目は1人でポツンとして居心地が悪くならないよう、複数名のインターンと先生、先輩による「場」を意図してつくるということ。
2つ目は「成功体験のスモールステップ」。いきなりIT企業への就職は難しくても、インターンなら、それも週に2~3日ならできそうだ――そういう方も多いのでインターンの時間には自由度を持たせ、少しずつ日数や時間を増やしていき、成功体験を積めるようにしています。
3つ目は「関係機関との連携」。当社が全て引き受けるのではなく、我々は技術や社会的なマナーを若者に教えエンジニアとして育てることに注力し、若者たちが不安や悩みを感じたときには就労支援機関の職員に相談対応をお任せする。入社後も情報共有し、連携を続けることでそうした情報を共有する形で長く一緒にやっています。就職後の「定着の取り組み」としても、若者が寂しさを感じないように、小さなコミュニティづくりやサークル活動などに取り組んでいます。
こうした取り組みの中で、就労困難者だった若者から執行役員が誕生しました。1人は勉強が好きで、努力をしてさまざまな資格を取得していきました。我々が「場を与えるだけでどんどん育つんだ」と気づくきっかけとなった方でした。もう1人は、人と接するのが好きで、後輩たちの面倒をよく見てくれています。
他には、就労したくて5年間にわたって様々なところに行って努力したにもかかわらず就職に結びつかなかった若者が、当社のインターン制度を経て契約社員になり、自信を持って活躍してくれています。就労支援機関の方々も喜んでくださり、我々も本当にうれしく思っています。
【企業講演2】社員一人ひとりの再出発をサポート
株式会社拓実建設 代表取締役 柿島 拓也 氏
<東京都認証ソーシャルファーム>
都内近郊の大型工事、再開発工事の内装解体や土木工事などを多数手掛ける。「協力雇用主」(※)として積極的に採用を行い、社員一人ひとりの再出発をサポート。
当社は、ゼネコンの2次下請け、3次下請けとして建物の内装解体や土木工事を行っています。従業員数約60名のうち、刑務所出所者らが20名以上います。
東京都のソーシャルファームには2023年に認証されました。申請のきっかけは、出所者出院者らが自立や社会復帰できるよう雇用する「協力雇用主」になったことです。受刑者専用求人誌の「Chance‼」では、当社が受刑者からの応募が最も多い企業となっています。
通常の企業の会社案内では「一緒に頑張りましょう」といった文言が並びますが、当社の会社案内では「人生をやり直すためのお手伝いをします。夢に向かって当社を踏み台にしてもらってかまいません」と記載しています。「踏み台」の意味は、他社に転職するために当社に入社しても構わないということです。入所期間中というブランクは、企業に応募する履歴書に書けないのです。だから、「将来IT会社に入りたい人も、うちで働いて履歴書の空白を埋めてくれれば良い」と説明をしています。
会社案内では、仕事の一日の流れは「働く男の一日」というタイトルで写真を使って紹介しています。「自分は未経験だけど何をやればいいのか」といった質問が多いので、写真付きで説明をすると、未経験者でもイメージしやすくなります。
出所者らが再犯をしないために大事なのは、住むところと仕事があること、そして給料です。住むところは1日2千円で利用できるWi-Fi完備の寮を用意しています。出所時に持っているお金は大体2万~3万円なので、給料は日払いにしています。交通費も全額を支給しています。こうしたことを会社案内に明記することで本人も安心できるようになります。
当社に応募がくる流れは、Chance‼を通じてのほか、受刑者から手紙がくるという形です。当社専用履歴書は一般的なものとは違って、罪名や(罪を犯した)回数、出所後に行く先があるか、親族と連絡が取れるかといった「本人にとって書きづらいこと」を記入するようになっています。全部さらけだしてもらった上で、こちらから全国各地の刑務所に面会に行きます。面会はアクリル板越しに約30分です。もう一度話したいと思った人に対しては、刑務所には「就労面接」という制度があるので「就労面接を申請してください」とお願いします。それを経て内定となれば、出所時には、全国どこにでも迎えに行きます。
これまで約400名の応募があり、定着率はおおむね毎年50%を超えています。現在20名以上在籍し、そのうち10名が1年以上、3年以上が6名、5年以上続いている人も1名います。当社は1件でも再犯を減らすことを目標に、採用や雇用に取り組んでいます。これからも、本気でやり直したい気持ちを持った方々に寄り添い、再出発のお手伝いをしていきます。
後編はこちら。