【実施レポート】ソーシャルファームセミナー「社会的企業の経営術と雇用戦略」<前編>
「社会的企業の経営術と雇用戦略」をテーマにしたソーシャルファームセミナーが2023年12月13日(木)、都内で開催されました。
企業における人材不足が社会課題となっている昨今、多様な人材の採用、育成、個々の従業員の強みを活かす経営を行う企業の取組事例を通じて、誰もが活躍できる社会やこれからの企業経営について考えるセミナーです。
東京都認証ソーシャルファームの認証企業や発達障害者の特性・強みを活かした就労支援を行う企業が登壇しました。当日の様子をご紹介します。
【講演1】株式会社VALT JAPAN株式会社 代表取締役CEO 小野貴也 氏
<東京都認証ソーシャルファーム>
障害や難病を抱える就労困難者に特化した仕事の受発注プラットフォーム「NEXT HERO」を運営。就労困難者がビジネスの市場で活躍できる新たな仕組み作りに取り組んでいます。
就労困難者が活躍できるインフラを
日本は約20年後(2040年)には約1100万人分の労働供給力が不足するとされています。一方で、障害や難病、受刑者といった就労困難な状態の方が約1500万人いると試算されています。そのうち障害者手帳を持っていて民間企業に就職しているのは約60万人にすぎません。労働人口がどんどん減少し、待ったなしの社会問題を抱えている日本だからこそ、活躍し切れてない就労困難者が経済市場や労働市場で活躍し、自己実現できるようなインフラをつくりたい。そのような思いから起業しました。
運営している就労困難者特化型BPOプラットフォーム「NEXT HERO」では、民間企業や自治体などから受注した400種類以上の仕事を全国の就労継続支援事業所(一般の企業に雇用されることが難しい方に対して、障害福祉サービスとして就労の場等を提供する事業所)へ発注します。我々は障害や難病のある方々のデータ(得意な仕事・チャレンジしたい仕事など)を大量に蓄積しており、このデータに基づいて発注します。品質や納品などの管理責任はすべて私たちが担うので、発注する企業も障害のある方や就労継続支援事業所も安心して参加できます。これまでの受発注は1500案件以上、就労支援事業所のネットワーク数は2000カ所、ワーカーは4万人を超えました。
企業に就職していない障害のある方々の平均賃金は極めて低いのが実情です。たとえば就労継続支援B型事業所(雇用契約を結ばずに就労する事業所)の平均工賃を時給換算すると100~200円ですが、NEXT HEROに参加することで8倍ほどに増加するケースが数多く出てきています。
これまでは障害者雇用の業界では法定雇用率という物差ししかありませんでした、それだけでは足りないと思っています。雇用だけでなく、まずは一緒に業務委託やトライアルというような形から協力して働く、協働する機会が増えていっても良いと思っています。そうしたことから「法定協働率」という新しい働き方、新しい関わり方をきちんと政府が評価していく物差しを作っていこうじゃないかというようなことにも、さまざまな業界団体などと力を合わせながらチャレンジしているところです。
障害者手帳の有無や雇用関係の有無、軽度か重度かというレベルを超越して、一人一人の特性データを参考にしながら、障害や難病のある人々を採用し、積極的に戦力にしていく企業に政府はインセンティブ(報奨金など)を出した方がいい。それを体現しているのが、(東京都の)ソーシャルファームだと思います。
【講演2】
株式会社デジタルハーツプラス 事業推進部 部長 高橋 潤 氏
<東京都認証ソーシャルファーム>
デジタルハーツグループの特例子会社で、2021年10月にソーシャルファーム事業所「INNOVA初台」を開業しました。「異能が活躍するプラットフォーム」を掲げ、サイバーセキュリティ人材の育成に取り組んでいます。
社会になじめない人の隠れた才能に着目 戦力として活躍
デジタルハーツグループは、ゲームの不具合をチェックする「デバッグ」という業務からスタートした企業です。創業者が、人とのコミュニケーションが苦手で社会になじめずにゲームをしている方が不具合の発見に才能を発揮することに着目して起業しました。ゲーマーが多い会社で、彼らのキャリアアップのためにできることを社内で検討していたときに、米国のマカフィー社(サイバーセキュリティ企業)から「ゲーマーはサイバーセキュリティに必要なスキルを備えている」というレポートが発表されました。ゲームをする上で必要とされる論理性、根気強さ、学習速度は、新たな攻撃手法にどんどん対応していかなければならないサイバーセキュリティにも通じているのです。
そこでグループ会社として、ゲーマーをサイバーセキュリティ人材に育成する社内研修を確立し、4年間で200人を育成しました。「発達・障害特性とも親和性があるのではないか」ということで、特例子会社デジタルハーツプラスでもサイバーセキュリティ人材の育成に挑戦することになりました。東京都のソーシャルファーム認証を受け、事業所の開設や運営費の補助を活用しながら運営しています。重視したのは、単なる就労困難者採用のための事業所ではなく、戦力として社会で活躍していくための事業所にすること。やる気を刺激するかっこいいスタートアップ的なオフィス、キャリアアップがしっかりできるといったコンセプトを定めました。また、入社時には、就労支援機関への登録を必須とし、連携をしています。一番大きなポイントだと思っているのは、従業員一人一人の適性や特性を考慮して仕事をアサインしていくことです。それを把握するために一般企業でもよく行われている「1on1(ワンオンワン)ミーティング」でメンバーの課題を発見して成長を促すといったことを定期的に実施しています。
ソーシャルファーム事業所の開設から2年経った今、セキュリティエンジニアの才能を認められてグループ会社に転籍できたメンバーや、国家資格の情報処理安全確保支援士を取得できたメンバーもいます。ソーシャルファーム事業を通じた新たな事業の創出、就労に困難を抱えた人たちの定着の工夫は、結果的に特例子会社の法定雇用率達成にもプラスに働きました。引き続きソーシャルファーム事業を広げて、就労困難者の方々の更なる雇用創出をしたいと考えています。
【講演3】株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太 氏
発達障害の方が強み・特性を活かした仕事に就き、活躍するために、多様なプログラムを設けて就労・自立支援を行っています。
「コンプラだから」ではなく、「どうやったら戦力にできるか」
私なりに思う「社会的企業」は、「社会的な課題を事業で克服する」イメージです。一方、ソーシャルファームは「雇う人がどういう人なのか、これまであまり戦力だと思われていなかった人を雇う会社」だと思います。従来の昭和な会社、つまり、独身男性といった多数派にとって最適な会社から、女性や高齢者も含め、一人一人がもっている能力を最大限発揮できる個別最適化された会社になるということです。ただ、一番難しいのはそれで稼げるのかということだと思います。
障害者雇用は、企業の経営陣からすると「コンプラ(コンプライアンス=法令順守)だから仕方なくやる」と思われていることが多いと思います。しかし、障害者雇用をしっかりやっていくと株価が上がるという相関が見られるデータがあります。ただ、効果が出るまで時間はかかります。多様性を広げたり深めたりすると、会社のパフォーマンスが上がるという研究結果もあります。けれど、ダイバーシティをやれば勝手に成果が出るわけではないのです。成果を上げるために必要なこととして、近年は「D(Diversity=多様性)&I(Inclusion=包摂性)」に「E」を加え、「DE&I」ということが言われています。このEは、それぞれのハンディキャップに応じた配慮をし、みんなが同じになるような状態に近づける「Equity=公正」です。この「公正」がキー(鍵)だとされています。
発達障害の分野では、ニューロダイバーシティという考え方が出てきています。発達障害が「ある人」と「ない人」でとらえるのではなく、脳も一人一人違うのだから「一人一人に合わせて考えていきましょう」ということです。
ソーシャルファームの取り組みでは、必ずしも新たに人を雇用しなければならないものではないと、私は思います。すでに「健常者」として働いている人が、本当は配慮して欲しいことがあるかもしれません。そうした人が、手を挙げやすくする。一人一人違う脳機能や育ちを理解して、その人に合った活躍の仕方を一緒に考えていく。今までより手数はかかりますが、そうすることで、働く人も会社もよりパフォーマンスを上げられるようになります。身の回りに「合理的配慮」を欲している人がいるのではないか。そうしたことを考えることが、ソーシャルファームを考える第一歩かもしれないと思います。
第2部のパネルディスカッションの内容は、次の記事でご報告いたします。