【拾う力】議論好きとおしゃべり好きは違うんです。
最近、無駄な会議がどうのこうのとか、会議の時間短縮とか、そういうことが賢い人の意見みたいな雰囲気があるので言いたい。
(ちなみに私は議論好きな人間なのでそういう雰囲気はなんとなく困るんだな。まぁ、駄目な人間だと思われたくはないからね。)
議論好きな人って『拾う力』がある。
(議論なんてやっても無駄って言う人ほど『拾う力』がない。だから確かにこういう人には議論は無駄なのである。)
議論の中で、不意に出てきた意見を敏感に拾い上げ、より充実した結論を導き出せた歓びを味わった人ならわかるはずだ。議論の中で奇跡は不意に訪れるんだ。
結論だけを求める人が最近は多すぎると思う。たとえ結論が出なくても、こういう議論の時間が大事なんだよな。それを知っている人は議論をしたくて仕方がなくなる。だって奇跡は不意に現れるから。
でも拾う力のない人はその奇跡をキャッチすることはできない。だから議論において、自分に存在価値があるとは思えないから、議論自体を不要だと言ってしまうのだ。おそらくそれは自己防衛だろう。
やはり議論好きの人は賢い人が多いと思うし、アイデアマンが多いと思うし、アンテナを張っている人が多いと思う。だから拾う力があるんだろう。そうそう、議論などの他人との話し合いの中で、大事な言葉やアイデアやヒントなどを拾い上げる能力のことを『拾う力』と名付けました。
私はよく会社で無駄話やおしゃべりが多いと怒られます。管理職なのに無駄話ばかりして、管理職失格だとレッテルを貼られます。そういうレッテルを貼ってくる奴は議論嫌いの奴なのです。
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