【Tokyo Saikai Edition 006】 宮田尚幸さん
東京西海のnote連載「Tokyo Saikai Edition」。第6回目は、風と地と木 合同会社の代表であり、ソーシャルデザイナーの宮田尚幸さんをTokyo Saikai Showcaseにお招きしました。
宮田さんは、『Design for Care』をコンセプトに、道具・環境・ダイアローグの3つの主軸から、北欧の福祉とデザインの文化を取り入れ、現在日本で活動されています。今回、東京西海では暮らしにまつわる道具という観点から、「杖」のブランドである「Vilhelm Hertz / ヴィルヘルム・ハーツ」*のご活動に焦点を当て、宮田さんにいくつかおうかがいしてみました。
ー最初に、宮田さんが北欧デンマークへ行くことになったきっかけについてお聞かせください。
宮田(以下敬称略):20代後半に、イギリスへ語学留学していたのですが、バックパックをしヨーロッパを旅した時期がありました。その際に、デンマークへも足を運んだのですが、訪れた際の印象として、ダントツで住みたいと思えるほど心地の良さがありました。前職では、プロダクトデザイナーとして文具雑貨や服飾小物の開発デザインに携わっていましたが、環境に配慮したり、生活に必要不可欠なものづくりに興味が移っていきました。バックパックでデンマークを訪れたあの時の感覚が忘れられず、30歳を機にワーキングホリデー制度を利用してついに渡航しました。
ーデンマークで過ごされた学校「フォルケホイスコーレ(Folkehøjskole)」について教えていただけますか?
宮田:向こうで暮らすために、「フォルケホイスコーレ(Folkehøjskole)」という北欧独自の全寮制の教育機関へ入学しました。17歳半以上であれば年齢問わず誰でも入学でき、試験や成績評価などは一切ありません。音楽、アート、デザイン、スポーツなど学べる内容は70校程それぞれ異なる特色を持っているのですが、その中で「エグモント・ホイスコーレン(Egmont Højskolen)」という「障がい福祉」に特化した学校を選びました。ここでは、障がいのある人もそうでない人も関係なく一緒に授業を受けたり、日常を共に過ごし、どうやったら障がいの壁なく共生できるのかを身をもって体験します。
ー「フォルケホイスコーレ(Folkehøjskole)」は半年で1クールということですが、その半年間でどのようなことを学ばれましたか?
宮田:授業内容に座学はなく、アウトドアやものづくりといったアクティビティを通して、人はどう共生するのかを学びました。例えば照明器具を作るものづくりの授業でも、材料も何もないところから自分たちで三ヶ月位時間をかけて作り上げます。授業の根幹には常に「みんなでどうやって作って、どう楽しめるか?」がテーマでした。障がいのある方と同じフィールドに混ざりながら、共に過ごしたことで自分自身のことを知るきっかけにもなりました。
ー日本とデンマークの福祉に対する捉え方の違いについて、実際に暮らす中での気づきはありましたか?
宮田:日本にいる際は、障がい、病院、子育てなど自分とは直接的な関わりがないイメージを抱いていましたが、デンマークで暮らしてみると、福祉とは、個々の幸福のことであって、暮らしに直結して関係することであり、自分自身の話であるということを強く感じました。
ーデンマークでのヴィルヘルム・ハーツの杖との出会いを教えてください。
宮田:半年ほどの寮での暮らしを終える間近、コペンハーゲンでの国際福祉機器の大規模なイベント(日本でいう東京ビックサイトでの大きなイベント)がありました。そこにヴィルヘルム・ハーツが公の場に初めて出展しており、初めて杖を目にしました。将来のフィールドとして定まりつつあった『ものづくり・デザイン』と『障がい・社会福祉』の分野が杖を見た時に明確に重なり、これだ!!と自分に中に稲妻が走るような感覚でした。後日、ヴィルヘルム・ハーツの工房も見せてもらい、ここで働かせてもらえないかと彼らに直談判しました。無事学校を卒業後、工房に住み込みで働かせてもらえることになりました。そこで、木工職人のクリストファー・ヴィルヘルムさんと金工職人のトーマス・ハーツさんと出会いました。
ー工房に住み込みで働く中での印象的な出来事はありましたか?
宮田:まず、住み込みで働くとなった時に、クリストファーの家の横に私のための小屋を作ろう!となって。2週間程かけて、2人で協力して小屋を建てたのですが、共同作業を通して、信頼関係を築いていることがわかりました。彼は、まずは自分から相手を信頼することの大切さを教えてくれました。
ヴィルヘルムさんとのかけがえのない日々によって、宮田さんは本当の意味での『自立』や『自己選択』の大切さを知ったといいます。人生は小さい選択、責任を掴み取る積み重ねであるということや、人の尊厳を何よりも重要視するその姿勢を近くで見て多くのことを学ばれたそうです。「日本でこの杖を広めることは、お前に任せた」とヴィルヘルムさんから託された言葉により、宮田さんが日本の窓口となり、日本での展開がそこから始まったそうです。
今回、宮田さんに二種類の杖を実際に見せていただき、東京西海スタッフも使わせていただく機会を設けさせてもらいました。
木材の素材の組み合わせることによって驚くほどの軽さになるというT字杖(写真左)と、腕の部分にレザーがあしらわれたスタイリッシュな印象のロフストランドクラッチの杖(写真右)。
先日ギックリ腰を患ってしまったスタッフが、杖を利用させてもらい、その使い心地の良さにとても感動していました。
スタッフ橋野:軸の部分が細いのに、実際に使ってみると丈夫で安定感がありますね。身体の痛みによってうまく力が入らないところを、杖が補強してくれる安心感があります。歩く時の体の柔軟性に合わせて、杖が寄り添ってくれている感じというか。体重を支えたり、バランスを取るための頼もしい道具で、足が3本あるような感覚です。身近にあると安心する道具は、心も支えてくれそうです。怪我による痛みで気持ちが安定しなくても、この杖があることによって落ち着くような気がします!
ー東京西海では、日常に寄り添うような食器を多く取り扱っていますが、日用品に良質なデザインを取り入れる意味についてどう思いますか?
宮田:日常生活に溶け込み、使う人の心も支えてくれるということが、日用品に繋がると思っています。例えば、杖の利用者の中に、高校生の女の子がいるのですが、彼女にとって杖のイメージは、歩く度にプラスチックの棒がカチカチとなる、使いたい道具というよりは『使わなくてはいけないモノ』でした。ですが、この杖に出会ってからは、杖を使う自身の姿に対して、人の目が気にならなくなったそうです。杖と一緒にもっと色々なところへ行きたくなり、内面も自然と外側へ向き、アクティブ思考になりました。今では、ファッションアイテムの一つとして捉え、『相棒』と呼んでいるのだそうです。それは、毎日使うからこそ芽生える心の変化だと思います。そんな風に、日常の道具に良質なデザインを取り入れると、心にも良い作用が起こるのだと思います。ヴィルヘルム・ハーツの杖は、持ち歩く北欧家具みたいだと言ってくれる方もいて。日用品は、質素な美しさでありながらも、毎日使っていても飽きずに気持ち良く使えるものなのだと思います。そして、その人自身のサポートをしてくれ、暮らしを豊かにする役目をしてくれる存在です。使い込むうちに、自然とその人自身に溶け込んで、消えて見えなくなるくらいに、生活の中に馴染むものが良いデザインの道具、日用品だと思っています。食器もしかりで、生活に必要不可欠なものだからこそ、使い手側の気持ちの変化がよくわかります。毎日使う道具は、心の作用へも大きく影響しているのだと思います。
デンマークの福祉デザインや文化を身をもって体感し、素敵なデザインや家具、生活の道具にこれまで多く触れてこられた宮田さんだからこその実直な言葉をおうかがいすることができました。この日は、宮田さんを東京西海の833 lunch(社員食堂)へご招待し、一緒に食事を囲みながら楽しい時間を過ごさせていただきました。お話をうかがう中で、人や物に対するリスペクトが常にそこには感じられ、私たち東京西海スタッフも大変意義深い時間を共有できました。宮田さん、この度は貴重なお話をありがとうございました!
画像*:宮田さんより画像提供
ー今後のヴィルヘルム・ハーツさんのイベント情報、お知らせ