いくつもの技術(アート)が重なる場所
「話しあうプログラム サカイノコエカタ」第4回レポート『協働でコエテいく』
(ゲスト:坂口裕昭さん&元井淳さん&石渡美里さん)
第4回「話しあうプログラム サカイノコエカタ」のゲストは、FC越後妻有から坂口裕昭さん&元井淳さん&石渡美里さんをお迎えしました。サッカーと農業という、一見全く異なる分野を乗り越えるような活動をされている御三方に、日々の活動についてお話しいただきました。
「話しあうプログラム サカイノコエカタ」とは?
アートプロジェクト「東京で(国)境をこえる」のプログラム。自分と他者の間にある明確なサカイを起点に、様々な方面で活動する5組のゲスト実践者と参加者が話し合いを通して他者との関わり方を見つけます。
FC越後妻有プロフィール
FC越後妻有とは、女子サッカー選手が棚田の担い手として移住・就農し、プレーする農業実業団チームです。2015年に大地の芸術祭から派生したFC越後妻有は、プロとしてサッカーをしながら、里山で暮らすライフスタイルの提案であり、過疎高齢化で担い手不足の棚田を「まつだい棚田バンク」を通して維持する、日本全国見渡しても類を見ない、先駆け的なプロジェクトになっています。
FC越後妻有について
イベント当日、会場にはFC越後妻有のシニアディレクター・坂口裕昭さんとGM兼監督・元井淳さんが参加しており、また選手の一人である石渡美里さんがリモートでの参加となった。まず最初に、石渡さんからFC越後妻有の紹介が行われた。神戸出身の石渡さんは、2016年からFC越後妻有に所属している。FC越後妻有が発足した背景には、二つの異なる分野の問題が交差する地点に取り組もうという意志があった。
一方は農業に関する問題。FC越後妻有が活動拠点を置く新潟県十日町市松代は、日本有数の棚田が広がる土地である。棚田は食料である米を生産すると同時に、地域の景観や自然環境の保全にも役割を果たしている。しかし、過疎・高齢化やそれに伴う耕作放棄地の増加など、課題も抱えている。
もう一方は、女子サッカーに関する問題。「なでしこJAPAN」という名称を聞けば多くの人が女子サッカーを思い浮かべるように、女子サッカー自体がすでに一定の知名度を獲得している。しかしそれでも、男子サッカーと比べれば規模は小さく、女子サッカーにおいて選手活動のみで生活できるのはごく一部である。これら両方の課題に取り組むために、FC越後妻有は発足した。
FC越後妻有の選手は、サッカーだけでなく棚田の保全活動なども行っている。野菜作りやお米作りの他に、地域外から来た人に向けたツアーを行う選手や、大地の芸術祭の作品のメンテナンスを行う選手もいる。また、地域の小学生へのサッカー教室といった形でも、地域との交流を行っている。一人ひとりの選手が、サッカー選手として活動の足場を持ちつつ、交流を通して拠点を置く地域の活性化も行う。それがFC越後妻有の活動だ。ちなみに現在のチームのモットーは、「おじいちゃんおばあちゃんの笑顔を創り出す」である。
そんなFC越後妻有は、2021年に新たなフェーズを迎えた。この年、所属する選手の人数が11人にまで広がり、また元井さんと坂口さんを迎えた。元井さんは高校サッカー、Jリーグ、なでしこリーグなどで監督経験をもち、20年以上サッカーの指導に従事している。また坂口さんは、事業再生やM&Aの分野での弁護士経験をもち、プロ野球の独立リーグに所属するチームの代表経験なども持つ。
イベントで話される姿を見ていて、坂口さんは、FC越後妻有という実験的な試みについて、外側にも通じるような言葉で伝える役割を担っているように感じた。そんな坂口さんはチームについて、「原始的なことをやっているかもしれないが、世界で最先端の取り組みをしているチームがFC越後妻有だと考えている」と話していた。また、「アートとスポーツの境は全くなく、その交点を体現しているのがFC越後妻有」とも話していた。
新しい土地でのコミュニケーション
今回のイベントは、質問者との議論に多くの時間が割かれた。以降のパートでは、会場からゲストに投げかけられた質問と、その応答をまとめていく。
最初に挙がったのは、新しい土地で地域の方々とどう関わるか、という点に関する質問だった。ゲストの3名はFC越後妻有という一つのチームに所属しているが、そこでの役割や、越後妻有にやってきたタイミングは異なる。そのためそれぞれの体験は個別具体的である一方、そこから各々が考えた内容は、不思議と響き合うような特徴を持っていた。それは、地域の人たちと個別具体的な交流を重ねつつ、相手と自分の両方が変化していくことの重要性だ。
石渡さんは初めのうち、地域の方から、「この地域で若い女性が農業とサッカーをやる? できるのか?」と疑問を持たれていたと感じていたそう。ただ、泥だらけになりながら、農業やサッカーをする選手たちの姿を見た結果、地元の方も応援してくれるようになったという。また周りが関心を持ってくれるようになる際、関わりの中で、サッカーよりも、選手の人たち一人ひとりに関心を持ってもらえたことが大きかったと話していた。
元井さんは、自分は比較的最近加入したので、交流のための下地はできている状態だったと話す。しかしそれは、FC越後妻有がすでに地域の人たちに受け入れられていると考えているわけではない。活動をするうえで大切にしているのは、地域の人たちとの共存だ。サッカーをしている自分たちの価値観だけを大切にするのではない。そのために、自発的に地域の方々に話を聞きに行くようにしているとのこと。これを元井さんは「人脈深耕」と呼んで大事にしている。こちら側に関心を持ってもらうには、まず相手に関心を持つことが必要だと話していた。
坂口さんが大事だと感じているのは、自分がやっている姿を示すこと。それと同時に、地域の中に入り込んでいくことが必要だという。町で首長が変わる時など、新しい人はドラスティックに変えることを望みがちだが、そういった取り組みはほとんど失敗する。なぜならそういったケースでは、外側から異なる価値観を持ち込もうとしてるだけだからだ。むしろ、地域の中に入り込んでいくことでだんだん楽しくなる。その過程では、日々学びしかない。普段の活動の中でも、まだ自分たちのことを受け入れていない人もいっぱいいると思っており、そこに少しでも近づいていくために、相手の歴史などはしっかり頭に入れて会いにいくと話していた。
サッカーと農業が交わる場所で何が起きるのか?
質問の中では、坂口さんの「サッカーとアートの境はない」という発言に関するものもあった。具体的には、「サッカーとアートの境がない」として、そこには何が起きるのか、という質問が挙がった。
坂口さんは、ここ数年は「分断」がキーワードになっていると考えている。「分断」がよくないことを人間は本能的に理解しているが、その乗り越え方がみんなよくわかっていない。そういった中で、対極にあるようなものや手を組まなそうなことがつながると、「分断は乗り越えられるのかも」と象徴的な意味や働きを持つようになる。そこに、農業のような生活と直接関わるものが入ることで、乗り越えがよりスムーズになる。その意味で、サッカーとアート、あるいは農業のようなものが、境がないかのように同じ場所に置かれていることには意義がある、とのこと。これはある意味で、外側からの視点を取り込むということであり、その一つの方法として、海外でFC越後妻有の知名度を上げ、それによって新潟での活動にも説得力を持たせるような、海外からの逆輸入のようなことも考えていると話していた。
外の視点は、内側にいる人が気づいていない魅力を見出す場合もある。そのことを示す、少し切ないエピソードがあった。それは元井さんが、室野地区の方から聞いたあるお話。その方のご両親は、東京から人が来るということで、普段食べないようなオードブルを用意した。その翌日、そのお客さんたちが急遽もう一泊する必要が出たため、普段食べているお米や野菜を出した。すると、そのお米や野菜が、普段東京では食べられないくらい美味しいものだったため、オードブルよりも喜ばれたそう。それは室野の方のご両親にとって、地元の魅力を外から来た人たちから学ぶ機会となり、結果的に地元への誇りを持てるようになったという。このように、村の人たちは、自らの土地に大きな魅力があるにもかかわらず、それに気づいていない場合もある。その魅力を見つけるのが、実は余所者の視点の場合もある。
また現在の話についてだけではなく、今後どういった理想を目指しているか、という質問も挙がった。この質問に対して石渡さんは、「地元の人が守ってきた田んぼを自分たちが守っていきたい。サッカーでは、競技を通して支えてくれた地元の人達に恩返ししていきたい」と話していた。坂口さんは、「KPIやEXITなどわかりやすい指標、あるいは出口戦略のようなものが賞賛される時代ではあるが、その中でも出口がないものを作り出していくような活動を、FC越後妻有では行っていきたい」と話していた。
サッカー、アート、農業。これらはいずれも異なるように見えつつ、人間が生きていくために、日々扱っている技術であるという点では共通している。これらの技術の境界は、その技術自体の特性から生じているというよりは、それを扱う人間側の認識によって分断されてしまっているのかもしれない。FC越後妻有の活動は、これらの技術が本当はとても近い場所にあることを示しているように思う。アートの最先端は、大都市圏の美術館でもギャラリーでもなく、新潟県のサッカースタジアムにあるのかもしれない。
(寺門 信)