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「モンゴルで人を殺しちゃったんですよ!」
あなたは帰り際の電車の中で、新卒に見える青年がこんな話をしていたらどんな反応をするだろうか。
つまり、こういうことだ。
「俺の友達がモンゴルで人を殺しちゃったんですよ!」
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話は30分前ほどに遡る。
私は「午後9:30」というデジタル時計の表示を見て、強烈な首の痛みに気がついた。やばい、眼精疲労が限界だ。勤怠システムを開いて、退勤ボタンをクリックした後、私はダラダラとオフィスから出ていった。駅までは歩いて15分。他人には苦痛に思えるがオフィスワークの私にとっては貴重な運動時間だ。
駅に着いた。この時間の駅のホームは誰もが黙っている。そりゃそうだ。疲れているに決まっている。倦怠感が生み出す静寂がこの時間帯の電車の雰囲気だろ...と思いながら電車に乗り込むと、満員電車のど真ん中にたった1組、大声で話し続ける青年がいた。
君のことだぞ。
会社の社章をつけたままやばい会話をしてた君だ。
「俺の友達がモンゴルで人を殺しちゃったんですよ!」
私は疲れが吹き飛んだ。
はっ...??
モンゴルで人殺し
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そもそも、車内が静まり返っている中で大声で話している二人組という時点で若干浮いてはいた。だが、そこまでなら別にマナー違反というわけでもない。しかし話の話題が「モンゴルで人殺し」??
一体この2人組何者なんだ?1人はわかってる。なんせ不動産屋の社章をスーツにつけて話しているんだからわかりやすく社名が特定できる。君、こんな話せめて社章外して話さんとだめやろ。私は彼らの話を覚えておくためにいそいそとスマホを取り出した。会社名は言わんといてやるからNoteのネタになってもらうで。そう、心の中でつぶやいた。
バイクで老人を轢き殺す
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大声で自分の話をしていたのはどうやら入社二年目の新卒とその先輩らしい。方言からするに関西の出身だろう。私も住んでいた神戸の方の方言だと予想をつけていたら、案の定「尼崎の仲間と飲んでて…」という話が聞こえてきた。
それで、モンゴル人を殺すという衝撃的な事件を引き起こしたのは、その地元の仲間の内の一人らしい。
「びっくりしたっすよ。久々に仲間と集まって20名位で飲み会やったんです。そうなると大体最近何やってるのかみたいな話を全員それぞれ話すじゃないですか。で、4番目に俺の友達がポロッと言ったんですよ。『俺モンゴルに留学してたんだけど、そこで爺さん轢き殺しちゃって、今賠償金払うために頑張って働いてるんよね』って。もうみんな酔いなんか吹っ飛んじゃって血の気がすーっと引いてましたよ。いくらなんでもびっくりですよね」
ビックリはその話を静寂に包まれてる社内でしてる君だよ。ただ、暇な電車内でいつもはYoutubeを見てるところだが、私はヘッドホンを外して話を聞くことに集中し始めたのは白状しないといけない。
そこらのYouTuberよりも面白い話だったからだ。
賠償金は2000万円
モンゴルで殺人事件を起こした彼を仮名として「モンゴルくん」と呼ぼう。モンゴルくんはかの国に行った日本人留学生だった。といっても交換留学生の実態は1年間の長期旅行みたいなものであるから、彼自身もモンゴル生活をエンジョイしていたらしい。
ある日彼は友人数人と何かモンゴルらしいことをやろうと決めた。草原の国、モンゴルでそれらしいことといえば浮かぶのは真っ先に乗馬であるが、本来は鞍すら使わない蒙古騎乗法を1日で日本人がマスターするのは不可能だ。ということで、一行は鋼鉄の馬でたびに出ることにした。ホンダのバイクを借りたのだ。
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最近は鞍使うんですね。
彼らは昼間のうちにバイクを借りて、首都から別の街までバイクでの旅を始めた。そして事件はその夜に起きた。暗くなってきた頃に一団の一人が「ゴツンっ」という大きな物音と共に道路で転倒したのだ。
モンゴルくんが起き上がると、バイクのライトがあらぬ方向に向いている。そして、そこには血まみれのおじいさんが倒れていた。
数十分後、モンゴルくん達は現地警察に事情聴取を受けていた。彼らが轢いた老人は事件現場近くの人で、しょっちゅう飲んでは道で寝てしまうことで有名だったらしい。「いつかは事故を起こすぞと言われていたが、まさか日本人とぶつかるとはね」という雰囲気で警察もモンゴルくんに同情的だった。
「あれは気が付きようがないからね。仕方ないとは思うんだが、ご老人も病院に行ったし、これからの手続きの為に勾留させてもらうよ。手続きはその後から伝えますから」
そうして、地元の警察署に勾留された彼はその留置所の中でさっき轢いた老人が病院で亡くなってしまったと知った。さて、大事だ。これで立派な殺人犯である。
しかし、そこは外国モンゴルである。警察から日本ではありえない提案がされた。
「遺族は金で償えって言ってるんだよ。君ここで生活しても金なんて用意できないだろう?だから日本に帰って稼ぎなさい。一応日本円にしたら2000万くらいが賠償金になると思うよ。」
ということで、彼はモンゴル当局から開放されて日本に帰国した。
社内の彼曰く、なんやかんや日本の警察にも事の顛末が共有されてるらしく、賠償金を払わないといけない事実は変わっていないらしい。
賠償金のために真面目に働かなきゃ
しかし、話がヤバいのはここからだ。なんと彼はこの事故によって真面目に働くことを決心したというのだ。それまで適当にやっていた就活も真面目にやるようになり、遂に就活に成功したという。今、彼はOOEN HOUSEでバリバリ成績を出しているという。
不動産業界は人でなしが働いているとはよく言う話だが、まさか本物の人殺しが働いているとは。ブラックジョークにしても黒すぎて前が見えない。
前世ベンタブラック塗料か?
ちなみに、皆さんはこの話をしている電車内の彼はまともだと思っているかも知れないが、どうやら彼の周りはだいぶハチャメチャらしい。なんせ、飲み会に参加した同級生のほとんどが働いていないのだ。
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「20人の友人のうち働いてるの2人っす」
な、なぁお前のとこの地元だいぶすごいな、、、みんなそうなんか?
割と引き気味に先輩が質問するとモンゴルくんはさも普通な雰囲気で「そうっすね!」と答えた。
「実際、会社で働いてるのは20名の中で俺と事件おこしたソイツの二人でしたね!残りの奴らもいい大学行ってる奴も居るんですけど、なんか大学卒業してないんっすよ!なんでなんすかね?ってか普通大学っで卒業まで行くんすか?」
ファッ?大学って卒業まで行くのは普通ですか?
そりゃそうだろう!大学に進学した理由は卒業するためだぞ!!
ここに至って初めて私は気がついた。この人と私の間には何か社会階層的な断絶があるのだ。いや、断絶が社会にあるということは知っていた。しかし、こんなに違っているのか?なんなら、戦後すぐとかならまだしも今でもこんなにあるのか?いやあるのだろう。もし彼が話していることが本当なら紛れもなく大きな断絶がある。
私はめまいを感じながら電車から降りた。なんということだ、同じ電車に乗って通勤している私と彼の間にはコレほどまで人生に違いがあったのか。
あなたは日本を知っているか?
この話を読んでいるあなたに知ってほしいことは、あなたの母国である日本がいかに分断されているかということだ。そして貴方が考えている日本は決して日本社会すべてではないことを認めなければ行けないということだ。
そして日本オワコンと思う前に、ぜひ考えてほしい。その問題は日本全土で起こっていることか?それともあなたの周りで起こっていることか?
例えば、あなたの周りの日本は20人の友人のうち2人だけが働いている世界か?そして大学に入学しても必ずしも卒業する必要はないと思っている世界だろうか?それとも友人みんながTOEICを勉強していて、就活についてがお昼ご飯の雑談ネタになる世界か?
そのどちらも日本だ。あなたの知っている日本社会だけが全てではない。それくらいこの社会は多様なのだ。学生の頃には気が付かなかったグロテスクなほどの格差がそこにはある。
だから日本はオワコンだと思ってもいい。海外に飛び出したっていい。しかし、正確に日本社会を知ろうとする姿勢は捨ててはいけない。何故ならそれはあなたの人生にとって大きなミスのもとになるからだ。
先日、私はこの記事を書いた。
内容としてはこうだ。
Abemaに出演していたカナダ在住の日本人の女性が「日本には多様性がない。なぜなら服装の自由がないからだ」と言っていたので、だったら「下北沢でもいけばよかったのに」とコメントしたものだった。
この女性は福岡出身で東京に住んだことはないとのことだから服装に厳しい社会にいたと思う。全国を仕事で回ったが九州が文化的に保守的なのは事実だ。
だが気になったのは彼女が「福岡」を日本のように語っていたことだ。私が日本を「東京都港区」だと思って語ったら明らかにみなさん違和感に気がつくだろう。男性はみな、六本木ヒルズに住むIT社長で女性はパパ活をしてる...わけがない。こういう極端な話にすればあなたも私も気がつくが、自分が知ってる日本なんて本当に小さいのだ。
もし、海外移住をしたい。なぜなら日本が「〇〇だからだ」と思う人がいたら、すべての県にいけとは言わない。10県くらい回ってみてほしい。そこの産業を調べ、居酒屋で現地の人と話し、生活や理想的な人生について聞いてみるといい。ある人は外資系金融で狂ったように稼ぐことを最良といい、ある人は町一番の上場企業の工場で働くことだと言うかもしれない。それくらい違うということを知った上で国を出る決断をした方がベストだと思う。
大人になればなるほど、他人は自分と違うということに気がついて本当に寒気がしてくる。他人と笑い合っている時、本当に相手は貴方と同じポイントで笑っているのか…?もはや現代社会ホラーだ。