心や行動も進化する
「利他学」(小田亮、新潮新書、2011年)P30-より
心は脳の働きであり、脳は遺伝子によってコード化されていることを考えると、心もまた生物の器官のように、遺伝子が次世代に残っていくために設計したものであると考えられる。遺伝子は心の働きを媒介して、周囲の環境と関わっていく。
哲学者のダニエル・デネットは、生物の「心」はいくつかの段階に分けてモデル化できるとしている。
最も単純なタイプの生物を見てみよう。これには外界と相互作用するインターフェイスが「作り付け」の形で備わっており、その特徴は遺伝子の組み換えや突然変異によって個体ごとに異なっている。その中からある環境の中で効率よく遺伝子を残せるものが増殖していく。このようなタイプの生物は、作り付けの特徴を一々現実の世界の中で試さなければならないため、たまたまうまく適応しなかった遺伝子は消えていってしまう。しかし、インターフェイスに作り付けの特徴しか備えることができない状態では、ずいぶん無駄の多いことになってしまう。世代交代のたびにトライ&エラーの繰り返しという、非常に近視眼的な過程になってしまうのだ。
現実の世界で試してみる前に、生物の内的な世界において候補となるやり方を選択することができれば、致命的な失敗を犯すという危険を回避することができる。つまり、最初から見込みのあるやり方で外界に対処するのだ。このようなタイプの生物においては、生物の「内的環境」の中で現実世界との関りについてのシミュレーションが行われ、その結果としてある行動が選択される。内的環境はもちろん現実世界と同じではないが、賢明な事前選択を可能にするだけの外的環境との規則についての情報を含んでいる。
このやり方のもう一つの利点は、フィードバックによる選択の修正が可能だということだ。ある行動の結果を踏まえて次の行動を修正するというのは、作り付けの特徴にはできない。このような外界への反応を事前選択する内的環境が、心の働き、あるいは「知能」であるといえるだろう。遺伝子の次世代への存続をより効率的にするような行動が自然選択によって進化していくわけだが、遺伝子は直接行動を決定しているわけではなく、このような心の構造をデザインすることによって自らの存続を左右する行動のあり方に影響している。
人間はこのような内的環境によるシミュレーションが非常に発達した種だ。その点において、近視眼的な自然選択から少し抜け出ることのできた存在なのかもしれない。しかし、心もまた遺伝子が外界と接するインターフェイスである以上、基本的には自然選択によって形作られたものであるといえる。心が処理できる情報量には限りがある。例えば、ある環境のもとで生存にとってより重要な刺激を優先的に知覚して処理するような仕組みがあれば、そうでないものよりも適応度が上がり、そのような心の働きが集団の中に広まっていくだろう。
このように、生物が持つ「仕組み」もいわば無意識の設計者によって創り上げられてきたものといえるので、そこにはリバース・エンジニアリングの考え方が適用できる。つまり、「仕組み」について考えるときには、それがどのような適応の結果なのだろうか、という問いかけができるわけだ。
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