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途中を伝える。芸術祭とコミュニケーション
並河 進 (「東京ビエンナーレ2023」コミュニケーションディレクター)
※現「東京ビエンナーレ2025」共同総合ディレクター
編集部より
「達成」「到達」と同じくらいに、「途中」がもつ可能性を大切にすること。それは、芸術祭に限らず、私たちの日々の生き方にも活かしたい視点です。この記事では「東京ビエンナーレ2023」でコミュニケーション領域の責任者を務めた並河進のことばをご紹介します。その視点は、彼が総合ディレクターの一人となった今年の「東京ビエンナーレ2025」にもつながるはずです。
※本記事は『東京ビエンナーレ2023 記録集』から転載ご紹介しています。
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持続可能性や多文化共生をテーマに作る、誰もが参加できる「スローアート」のための場
東京ビエンナーレ2023をどう伝えるか? そのコミュニケーションを振り返ってみると、「途中」という言葉で表されるように思える。
1つ目の「途中」は、作品の制作の途中を伝えていくこと。今回は総合テーマである「リンケージ つながりをつくる」という言葉の通り、一つひとつの芸術の制作プロセス自体で多くの人がつながり、芸術の制作に関わっていくという試みを行った。アーティストや企業の人々、東京で暮らす人々、東京の外から訪れる人々……関係する人々が増えることで東京ビエンナーレが知られていく。自立分散型コミュニティがそれぞれ育って、そこからコミュニケーションが広がっていく。そんな状態を目指した。「途中」に参加した方々の間では、完成した作品を観るだけでは得られない、密で深いコミュニケーション、そこから多くの気づきや発見が生み出されていた。
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宝飾の専門店や職人が集う御徒町を訪ね、参加者は自分だけのジュエリーを再発見、再創造する
2つ目の「途中」は、作品と作品の間という意味の「途中」だ。東京という多くの情報にあふれた街に点在する作品。その作品から作品へ移動する時間、いわば「途中」も芸術祭の体験として伝えることはできないか、と考えた。
たとえば、「ジュエリーと街 ラーニング」では、ジュエリーの専門店が軒を連ね、職人も多い御徒町を歩くと、作品の背景も知ることができる。ビエンナーレ全体のガイド情報では「歴史を楽しむ」「意外な東京を再発見する」「オフィス街とアートを味わう」という3つのルートを設定して、「途中」を楽しむことを推奨した。特に、アーティスト自身が行ったツアーで、その体験の魅力は増大し、多くのメディアにも取り上げていただけた。
一方、作品が点在しているが故に「場所がわかりにくい」という声もいただいた。ウェブサイトやツールの反省点でもある。ここが、東京という都会で行う芸術祭の難しさだろう。
好評だったのは、読売新聞に出稿した東京ビエンナーレの街歩きマップだ。作品だけではなく、作品から作品の途中を歩くことも楽しみたくなるものを目指した。また屋外ビジョンを活用して、街中に「順路」を示すことにもトライした。
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途中も楽しむ、作品を探すことも楽しむ、そういうモードになれると、芸術祭の見え方は一気に変わるのだろう。自然にあふれた場所での芸術祭なら、来訪者は「すべての風景を鑑賞しよう」というモードに切り替えることができる。東京の街中で、「見慣れたオフィスビルも、見慣れた通りも、実は発見に満ちているかもしれない」というモードになるのはなかなか難しい。だが、そういうモードになると、すべての風景が変わって見えてくる。それこそが東京ビエンナーレの力であり、面白さであり、可能性だとも思う。
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最後の「途中」は、東京ビエンナーレ自体が成長の「途中」であることだ。PR、SNS、ウェブサイト、パンフレット、ポスター、ブックレット、広報イベント、広告……芸術祭において、コミュニケーションチームが担わなければならないことは想像以上に多い。今回は、それぞれの分野のプロフェッショナルが集まり、PRで取り上げられた数も、ウェブサイトの来訪者数も、SNSのフォロワー数、SNSでのシェア数も、初回の2020/2021を大きく超える成果を上げた。素晴らしい仕事に敬意を示したい。
東京ビエンナーレはまだ2回目、生まれたばかりの芸術祭であり、体制やリソースが整っていない場面も多かった。困難さは常にあったが、同時に、自分もチームもどこか「途中」を楽しんでいる雰囲気があったように思える。途中であることは、可能性だ。これからの東京ビエンナーレ、この途中の先にあるものに期待したい。
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なみかわ・すすむ
1973年生まれ。「東京ビエンナーレ2023」コミュニケーションディレクター。dentsu Japan エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター。ソーシャルデザイナー、コピーライターとしての仕事の傍ら、詩とプログラミングによる作品を発表し続ける。「東京ビエンナーレ2025」では共同総合ディレクターを務める。