わたしらしく居られる“環境”|柔らかなモデルをつくる(4)
本シリーズ「柔らかなモデルをつくる」では、「東京アートポイント計画」のスタッフが「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきた企画・制作プロセスを紹介し、noteでの連載を通じて“柔らかなモデル”について考えていきます。
今回紹介するのは、アートプロジェクト「めとてラボ」との伴走と、アートプロジェクトに必要な視点を探るトークイベント「Artpoint Meeting」における取り組みの変化です。
めとてラボ
東京アートポイント計画では、地域で活動するNPOと協働し、都内で様々なアートプロジェクトに取り組んでいます。その一つ「めとてラボ」は、視覚言語(日本の手話)で話すろう者・難聴者・CODAが主体となり、異なる身体性や感覚世界をもつ人々とともに、自らの感覚や言語を起点にコミュニケーションを創発する場をつくるプロジェクトです。
“わたし”を起点にできる場づくりに伴走する
プロジェクトには、アーツカウンシル東京の専門スタッフ・プログラムオフィサーが伴走し、中長期計画の策定や企画の進行管理、広報や経理業務などを支援しています。
こうした伴走支援は「一方的に指示をする・教える」ものではなく、知見を交換しながら「ともに学び合う」関係です。日々の事務局とのやりとりを経て、互いの文化を尊重するための姿勢や、公共事業として場をひらく意味などを考え合い、お互いの言葉や表現を交わすことで、活動が大切にしている視点を深めていきます。
学び続けるためには、遠くから現場を眺めるだけではなく、文化事業の担当者自身が「実践」に身を投じることも重要です。
アートプロジェクトにおける「実践」の醍醐味は、イベント本番の管理をすることではなく、事務局やチームとともにビジョンをつくり、事業を継続するための基盤を整え、市民を巻き込みながら企画の実現を目指す、そうした一連のコミュニケーションのなかにあるともいえます。
めとてラボが目指すのは、誰もが「わたし」を起点にできる共創的な場づくりです。わたしを起点にするとは何か、言葉だけではイメージが難しくとも、伴走のなかで一人では届かなかった世界に視点が広がり、次第にその感覚がつかめていきます。
お互いを”尊重”できる場づくりに向けて
2023年、めとてラボは事業の一環として拠点「5005(ごーまるまるごー)」を西日暮里に開設しました。ここでは、手話という言語からなる身体感覚をもとに、ろう者が過ごしやすい環境として設計された「デフスペース」の実践に取り組んでいます。空間の工夫、考えかたについては以下の記事に詳しくまとめられています。
記事でも紹介しているように、「見る」あるいは「見える」ことを大切にしたレイアウトや設え、素材の工夫が散りばめられています。空間に立つと、めとてラボの目指す「安心できる」「つかいやすい」感覚が身体に沁み込んでいくようです。
これらの工夫は、ろう者の身体感覚から生まれたものですが、聴者であるわたしにとっても使いやすく、安心できる設えでした。様々な特性をもつ「わたし」たちが自分らしく「居る」ことのできる環境、すなわち選択肢がまちなかに現れる。そして、そこでの経験がさらなる発見や場づくりに繋がっていく。そうした運動のような拠点運営がはじまっています。
5005では、定期的に誰もが参加で居る「開放日」をひらいています。ぜひ、足を運んでみてください。
めとてラボでは、そうしたお互いの感覚や暮らしを尊重し合うための場づくりに取り組んでいます。たとえば「ホームビデオ鑑賞会」は、映像の提供者と参加者がともに語り合う場をつくることで、日々の生活や時代の変遷を共有する企画です。
それぞれの時代を生きる一人ひとりには「個人史」があり、それぞれの日常があります。こどものころに、どのように手話を覚えたのか。季節の行事をどのように楽しんでいたのか。ビデオカメラをどのような思いで家族に向けていたのか。
ホームビデオ(映像)という媒体だからこそ、その姿が、生き生きと参加者に共有され、反応が起き、新たな経験やことばがリアルタイムで育まれていく。その様子を目の当たりにしました。
企画当日の様子は「レポート記事」と「手話動画」によって公開しています。鑑賞会に参加するという空間的な共有だけではなく、今度は「鑑賞会の記録」という時間を越えるメディアとして、ホームビデオからなる文化の連なりが継承されていくようです。
「アクセシビリティ」や「情報保障」という切り口のみならず、「場づくり」という手法を意識し、文化事業ならではのともに学び合う環境を広げることも大切な視点なのだと思います。
Artpoint Meeting
「まち」をフィールドに人々の営みに寄り添い、アートを介して問いを提示するアートプロジェクト。そうした活動を紐解き、様々な分野のゲストを招きながら、社会にある向き合うべきテーマを追求するトークイベントが「Artpoint Meeting」です。
東京アートポイント計画では「めとてラボ」との伴走のなかで、あらためて事業が対象とする「みんな」の姿を捉えなおしました。多くの人々が「安心して居られる場」とはなにか。様々な特性、背景を想像しながら「まず、はじめられること」として、2023年度から「Artpoint Meeting」での手話通訳の導入に取り組みます。
設えから考える
わたしたちスタッフにとっても、対面形式のトークイベントに手話通訳をつけるのははじめてのこと。専門的なアドバイスをもらい、実践を深めるために、2023年度の全3回には手話通訳のコーディネーターの方に入っていただきました。本番までの流れは以下のように進めていきます。
開催一週間前を目安に、スライド資料やタイムテーブルを共有
当日に、登壇者と手話通訳による打ち合わせを15分程度実施
まず手話通訳の方々は、スライド資料をもとに当日まで準備を進め、Artpoint Meetingがテーマにした「成果・評価」「災害・災間」「拠点運営」にまつわる用語に目を通します。
当日には、登壇者との打ち合わせで具体的な言葉の意味や、発表の流れについて確認。文化事業ならではの緩やかな言い回しや、抽象的なイメージをどのように手話で表すのか、通訳によって言葉の意味がずれないように、その背景や状況、事例を確認します。
芸術やアートを表す手話をどれに統一するか
事業名、団体名の表出方法
場、場所、拠点それぞれの言葉のイメージ など
こうした摺り合わせの中で、手話の特徴、書記言語や音声言語の特徴を実感することができ、スタッフにとっても学びの多い機会となりました。
また、各回とも会場が変わることから、手話通訳が見えやすい立ち位置、スムーズな転換方法やタイミングなど、図面の確認や現場でのシミュレーションにも時間をかけました。
映し出されるスライドの大きさや、客席と舞台の距離、スピーカーとの位置関係など、会場によって条件は様々です。「通訳環境」を整える実践を繰り返すなかで、事前に確認すべき項目が身体化していきました。
情報の受け取り方を想像する
一方で、すでに進行している企画に対して、すぐさま情報保障の仕組みを反映できないこともあるでしょう。それでも、この企画を通じた体験にどのような「障壁(バリア)」がありえるのか――行けない・行きにくい/見られない・見にくい/触れない・触りにくい……――を想像し、まだ手を伸ばせていない領域を確認することが重要です。
なかには、身体的な特性のみならず、物理的な条件や制約、それぞれの状況によって企画に参加ができない場合もあります。そうした障壁すべてを想像し、一つひとつに応えることはとても難しいことで、足踏みをしてしまうかもしれません。
しかし、たとえばできていないことを知った上で、企画の「残し方」と「届け方」を考えることは「まず、はじめられる」かもしれません。
2023年度のArtpoint Meetingでは、各回のレポートを代替テキストを加えた写真と本文テキストで公開しています。記録としてはもちろんのこと、当日に参加ができなくても、別の形式でなら受け取ってもらえるかもしれない。新たな思考や視点に出会う機会として、企画が終わったあとにもできることがあります。
企画をつくる当初から、さまざまな人々に向けた届け方や、記録の残し方を見通しておく。事業のサイクルへの意識を習慣にすることで、イベントの本番のみならず、継続的な「ひらき方」にも視野が広がります。
そうした心がけが、結果的に「みんな」の姿を具体的にし、文化事業へのアクセスを広げることに繋がるのではないでしょうか。
前回の記事はこちら[↓]
テキスト:櫻井駿介(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)