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“実感”が身体を解きほぐす|柔らかなモデルをつくる(3)

アーツカウンシル東京による「東京アートポイント計画」では、近年、手話やろう文化、視覚身体言語などを中心に「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきました。これまでの取り組みを振り返ったとき、その共通項として見えてきたのは、唯一無二のフォーマットを追求するのではなく、可変的に試行錯誤を続ける姿勢です。

本シリーズ「柔らかなモデルをつくる」では、「東京アートポイント計画」のスタッフが「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきた企画・制作プロセスを紹介し、noteでの連載を通じて“柔らかなモデル”について考えていきます。

今回紹介するのは、インキュベーション事業「Tokyo Art Research Lab(TARL)」の一環として実施していた「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」です。


アートプロジェクトの担い手のための手話講座

言語としての手話だけでなく、ろう者と聴者の感覚の違いや「ろう文化」について学ぶ「アートプロジェクトの担い手のための手話講座」は、2020年度から2023年度にかけて開催した人気シリーズです。

この講座では、手話やろう文化を知り、実際に体を動かしながら発話に頼らないコミュニケーションの姿勢を身につけることを目指しています。企画の詳細は、『まず、話してみる。』の座談会でも紹介しているので、ぜひご覧ください。

異なりを知るための助走

情報保障やアクセシビリティを考えるとき、この講座はスタッフにとっても「他者とのコミュニケーション」の姿勢を振り返る起点になっていました。

ろう者の方々とやり取りをするために、一つひとつの単語や文法を学ぶ、あるいは設備や道具を整えることも重要です。しかし、時には自分の知らない表現に出会ったり、あるいは相手に伝わっていないと感じたりすることもあります。

相手の背中が見えるように一列に並んだ椅子とそこに座る参加者。困ったような顔で両手になにかをのせるジェスチャーで、振り向いた前の席の人に手渡そうとしている。その様子を椅子の後方の人が見守っている

伝えようとして、相手とずれてしまうのは当たり前のことです。ずれていると気づいたときに指差しとか、表情など表現を工夫してみるのが大切です。
また受け手は、相手の手だけではなく、表情、身体全体の動きをみてください。たとえばマグカップの渡し方一つとっても、小指をたてて渡すのと、雑に渡すのでも印象が違いますよね。それも情報になる。指の形によっても違うでしょう。カップといってもいろんな種類があります。

河合祐三子(講師)
「ろう者の感覚を知る、手話を体験する。」レポートより(執筆 : 木村和博)

相手が何を見ているのか、何を伝えようとしているのかを、思い込みを取り払って受け取ろうとしてみる。そのためには、さまざまな人と人との間には、感覚や文化の異なりがあることを「知る」ことが大切です。

画面に映る参加者に向けて、手話をする講師と、その様子を両側で見守る人。講師の背景にはホワイトボードがあり、イベント、パフォーマー、役者、学芸、助手といった言葉が並んでいる

うーん、と考えているときは、「ちょっと待ってください。今、考えています」ということも示すのが良いです。そうした反応がないと、ろう者は、相手が考えている状態なのか、それともわからない状態なのか、どっちなのだろうと心配になるんですね。自分の状態も相手にはっきりと伝える、それも大切なポイントです。

河合祐三子(講師)
「手話と出会う。」レポートより(執筆 : 嘉原妙)

自分の感覚だけに頼らず、相手の状況を想像する。その上で、どのようにコミュニケーションを「はじめる」のか、そして「続ける」のか。
一度ではなかなか習慣にできないことなので、何度も繰り返し実践したり、日常生活の中で思い出す機会をつくる必要があります。この講座は、講師と生徒の関係というよりは、1人の人間同士としてコミュニケーションを重ねることで、講座で得た感覚のまま日々の暮らしに戻る「助走」のような時間だったようにも感じました。

企画を通じて、スタッフが学ぶ

4年にわたり開催された本シリーズは、運営チームも入れ替わりながら担当しています。ときには講座担当ではないスタッフも加わり、実際に身体を動かしながら仕事や日常への「助走」をつけていたのだと振り返ります。
同時に、各回のレポートを担当していたライターの方々、講座に来ていただいたゲストの方々にとっても学びの場になっていました。

床に新聞紙を丸めた球がいくつも転がっている。2人が両手で一枚の新聞紙を広げて持ち、手がふさがっている。転がっている新聞紙の球をつかもうとしている人が、新聞紙を持って手のふさがっている人の目線を見ながら合図をしている

ろう者と聴者のコミュニケーションの違いやそれによるズレは、日々、身近なところで起こっているのだろう。もし、私がカフェの定員で、ろう者の方と出会ったら、どのようにコミュニケーションしようとするだろうか。きっとほかの参加者も、それぞれのなかで考えを巡らせていたはずだ。
今回のワークショップを通して、ろう者と聴者の感覚や物事の捉え方の違いがあることを、ゲストそれぞれの実体験も交えながら知ることができた。そこにあるズレに意識を向けることで、どうすればお互いに伝え合うことができるのか、その学びの入口に立てたように思う。そして、まだまだではあるものの、発話に頼らずとも身体でコミュニケーションすることができるのだという自信にもなった。

柏木ゆか(ライター)
「ろう者の感覚を知る、手話を体験する」レポートより
教室のような場所で、前に2人の講師とゲストが座り手話をしている。それを囲むように参加者が座っている

「手話を使い会話する」ことの実践というよりは、他者を尊重して関わるとはどういうことなのか、自身の身体を通して考える機会だったように思う。
また参加して、目の前にいる人を尊重するには2つのことが大事なのではないかと気づいた。社会においてその人の文化がどのような状況に置かれているのか知ること。唯一の正解があると思い込まず互いにコミュニケーション手段を考えること。知るだけでは頭でっかちになってしまう。でも、知ることをないがしろにすると、実践のなかで他者の文化を無意識に傷つけてしまったり、差別をしたりするかもしれない。
他者の文化を知ろうとすること、目の前にいる人と一緒に考えること、その両方を積み重ねる。それを個人に託すのではなく、そうした積み重ねが実践しやすい環境づくりをする。自分自身が携わるプロジェクトからすこしずつ実践していきたい。そう思わせてくれる講座だった。

木村和博(ライター)
2022年度「手話を使い会話する。」レポートより

企画づくり、そして生活に必要な「相手のことを想像する力」。この講座は、その姿勢をスタッフ、受講者、関係者たちが実感・実践する機会になっていました。
解きほぐした身体で、それぞれの取り組みや暮らしに経験を還元する。その起点づくりが、アクセシビリティや情報保障を思考する基盤を育むのだと思います。

映像講座・レポート記事・指文字表を公開中

手話講座では21本の映像プログラムをYouTubeチャンネルで公開しているほか、実施レポートの記事をウェブサイトに掲載しています。また、手話を体験する補足資料として、指文字表「相手から見たときの指文字/自分から見たときの指文字」もダウンロードすることができます。

実際に講座に関わる人数は限られているからこそ「レポート」や「映像」として企画を発信、アーカイブすることにも力を入れています。
わたしたちの取り組みや気付きの一端が、場所や時間を越えてどこかに届くように。そして、わたしたち自身が経験を振り返り、誰かに伝えられるように。次の一歩を動かす準備を続けています。

前回の記事はこちら[↓]

テキスト:櫻井駿介(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)