「入日の洗い越し」の入日という地名(小字)は存在しないことがわかった話
先日(R6.9.20)、デイリーポータルZに書いた「入日の洗い越し」についてですが、私の勘違いへの指摘と、そこから考察される語源説がとっても面白かったので、ちょっとまとめたいと思います。
「入日の洗い越し」がある
まず、ネットを検索すると、茨城県常陸大宮市野田に「入日の洗い越し」というものがあるという情報がいっぱい出てきます。「入日の洗い越し」のグーグル検索結果
洗い越しについては、記事の方をお読みいただければと思いますが、つまり、川の中をザブザブ通行できるようになっている道路のことです。
ところが、ネットを検索しても「入日の洗い越し」の「入日」の読み方がよくわからないのです。
で、近くに「入日渡の滝」というものもある。「入日渡」も読みはよくわからないのですが、こちらのブログ(「入日渡の滝行ってみた」)だと、地元の人の話として、入日渡と書いて「ヒワタシ」と読むのではないか。としています。
ここまでの状況をまとめると……
「入日の洗い越し」というものがあるが「入日」の読みは不明。
近くに「入日渡の滝」というものもあり、こちらの「入日渡」は「ヒワタシ」と、なぜか「入」を省いたような読み方をするという話がある。
という感じでしょうか。
小字名の読みがわからない。
「入日渡の滝」も「入日の洗い越し」も、つまりその周辺にそういう地名があるから名づけられているのではないか。そしておそらくそれは小字名だろう。
「入日渡」と「入日」という小字がこの周辺にあるのではないか? ただ、どちらもその正確な読み方がわかりません。
そういうときはまず、『角川日本地名大辞典』(角川書店)の小字名一覧を見るのが便利です。というわけで、図書館で調べました。すると「入日渡」という小字名があり、読みは「イリヒワタシ」となっていることがわかりました。
ここで、上記ブログの「入日渡」で「ヒワタシ」と読むという説は、間違いであることがわかりました。
そしてなぜか「入日」という小字は載ってないのです。
どういうことでしょうか? 『角川日本地名大辞典』の小字一覧も、完璧なものではないらしいので「漏れたのかな〜」。などと思っていたわけです。
続いて、全国の小字名とそのだいたいの場所がわかる農地ナビで小字を調べてみます。
確かに、滝のあるあたりは「入日渡」となっています。おそらくこれの読みは「イリヒワタシ」なのでしょう。上の写真だと文字が小さくて読みづらいかもしれませんが「茨城県常陸大宮市野田字入日渡」という地名が表示されています。
入日渡(イリヒワタシ)という小字があることはわかった。では、入日という小字は存在するのか。
入日を見間違えていた
ここで、私の勘違いが発生します。
農地ナビの画面で、入日渡の下あたりに出てくる「茨城県常陸大宮市野田字日渡」の「字日渡」つまり「日渡」という字を、なぜか「入日」と見間違えて勘違いしていたのです。加齢による注意力散漫事案でしょう。もうね、50手前なんですよ……。
というわけで、勘違いしている私が作った上の地図には、入日渡、入日、綱川という小字名を書き込んでいますが、実は入日という小字は存在せず、本当はそこに「日渡」という小字があるはずです。
この勘違いは、ツィッター(現X)で「入日」となっている部分は本当は「日渡」という小字ではないか。という指摘を貰って気づきました。
間違いに気づき、改めて調べてみるとたしかにその通りで『日本地名大辞典』の小字一覧にも「日渡(ヒワタシ)」として載っていました。
ちょっとややこしいので、ここまでの状況をまとめると……
入日渡という字は存在し、読み方はイリヒワタシ。
入日渡の手前に、日渡(ヒワタシ)という小字が存在している。
インターネットを検索すると出てくる「入日の洗い越し」の「入日」という地名は……どこに?
となるわけです。
ここで間違いを指摘していただいた方の仮説をもとに、状況をもう一度整理してみますと。
もともと日渡(ヒワタシ)という小字があった。
集落のある方からみると日渡より奥に“入”った方にある場所を入日渡(イリヒワタシ)と呼んだ。
地名の成立の過程を考えると入日“渡”ではなく、“入”日渡と考えるのが自然。
上を踏まえて、入日という地名がなぜ発生したのかを考えてみます。
『民族地名語彙辞典』(ちくま学芸文庫)によると、「渡」は、川や海を“渡る”場所につく言葉だとあります。洗い越しも、渡しのひとつであることは間違いありません。
もしかすると「入日渡」の「渡」が「洗い越し」とごっちゃになり、ほんらい「入日渡の洗い越し」だったものが、いつの間にか「洗い越し」が「渡」と取って代わってしまい「入日の洗い越し」に変化してインターネットに流布してしまっているのではないか……ようするに、入日という地名(小字)はもともと存在しなかった。というわけです。
そう考えると、すべて辻褄が合うのです。(いっぺん言ってみたかったこのセリフ)
まず、入日なんて小字はもともと存在してないわけですから、『角川日本地名大辞典』の小字一覧に載ってないのもあたりまえだし、こちらのブログで「入日渡」をヒワタシと読むのではないか? とした地元の人は、日渡(ヒワタシ)の小字の方を知っていたから、そう言ったというわけです。
つまり、結論としては、インターネットを検索して出てくる「入日の洗い越し」の、入日は地名(小字)としては存在しない。ということです。
いやー、私の勘違いはひとまず棚に置き、入日と入日渡に関してはなかなか面白い結果となりました。
しかし、地名ってなんだろうね
沖縄県のコザ市が、英語の誤表記でゴジャがコザとなった説や、小由留木の草書体が書き間違ううちに小田原になった説とか、秋葉原は最初はアキバハラだったみたいな、誤表記や読みの変化によって、地名が変わるということは、そんなに珍しいことじゃないとは思います。
地名の定義にもよると思いますが「入日の洗い越し」も、この変化のまま人口に膾炙すれば、地名として定着する可能性もあります。
地名が変化していくその過程を目撃したような。そんな気持ちです。