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短編コント  松竹隆明奇聞


 つね日頃、
文芸評論家の古場野次秀雄こばやじひでおを何とか言ってはイチャモンつけて追い落とし、
世代交代の後がまをねらっていた松竹隆明まつたけりゅうめい

 保守、革新という違いはあっても、
気分は東京生まれの見栄っ張りでカッコつけやの二人は
どこか似ているところがあった
二人とも詩人気質で、
古葉野次は最初から詩を書くのを諦め、
松竹隆明はいつしか忘れていた

 詩を書くのに才能は活かされなかったけど、
ドイツの詩人ハイネのように枯れた学者や哲学者より、
鋭い批評眼にめぐまれていた
あたかも歌手では成功しなかったけど、その感受性が俳優になって花開いたようなものだった

 そんなわけであるとき、
古物の瀬戸物の眼力を誇っていた古場野次がニセモノをつかまされて、怒って瀬戸物を投げだし割ってしまった事件を聞いた松竹隆明、おもわず笑ったのは言わずもがなだった 🍊


 そんな松竹、
友人とイギリスに旅行することになった
流行作家と違い、
いくら名が売れて来たからと言って、
当時の貧乏ひまなしのしがない文芸評論家、とてもハシャギまくっていました

 ドイツを追われロンドンに亡命したマルクスのあとを、
松竹はいつかは一度は見てみたいと思っていたので悲願が叶いうれしそうだった

 はるばるやって来た霧のロンドン、
雨は降ったあとがないのに舗道は夜露に濡れたかのようだった

 朝、
ブレックファストは紅茶とサンドイッチ
紅茶を飲みながら、ふと手を休めて、
こんなもののために中国国民をアヘンの麻薬づけにして
インネンつけてまでも戦争したかったのか
まったく、お湯に色ついたようなコーヒー飲みながら、
機械的に作っているハンバーガーをおいしいおいしいと言っている、
どこかの国と同じ民族と思えば納得できるな、と松竹

 食事が終わったところで、
さっそく友人にマルクスゆかりの場所を
案内してもらおうと腰をあげた
ところがロンドンに詳しい友人がおもしろがって、
いたずらをしてしまった
友人が松竹を連れだって案内していったものの、
違うことを、松竹にさも本当のことのように教えてしまった

“ この家が亡命先で妻と子供たちと一緒に暮らしていた所さ、
貧しくて葬式を出すことさえできずにカレの子供は死んで行ったんだよ ”

と友人は言って、違う家を教えた
そうかこの家で耐えてがんばっていたのか
そう言って、松竹はまだ誰かがつかっているらしい家の壁に頬つけて感激していた

 それから誰でもが知っている大英博物館図書館まで行って、
マルクスがひとり毎日、
同じ席で勉強していたというテーブル席まで案内してもらった

“ さあ、これが噂のマルクスが毎日使っていたという席さ ”

と言って、友人は今度も別の席を教えてしまった
するとここでも松竹は、
涙流さんばかりに感動して、
席に腰掛けながら、
オレも負けないぐらい文芸評論家として活躍するぞ、と思いも新たに決意するのだった

 最後に友人は、
マルクスがいつも通っていたというカフェまで松竹を連れていった
これもまったくのウソで違うカフェだった
ここでも松竹は感激ひとしおで、
このカフェに来て飲んでいたのか、
店をしみじみ眺めながら、コーヒーを飲み思いにふけるのだった

 ひと通りコーヒーを飲み落ちついたところで、
友人は小さく笑ってゴメンゴメン、とウソをついたことをあやまった 🍊🍊


 えっうそ
するといままで思いたっぷりに飲んでいたコーヒー、
急に、タダのどこにもあるような飲みモノに思えてしまったから不思議の松竹さん

 後日、
今度は本当の亡命先の家を見ても、大英博物館図書館のじっさいに座っていた席に案内されても、なぜか感動は起こって来ないで、松竹はふーんと言って立ちつくしていた







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