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真田広之と「SHOGUN 将軍」のエミー賞18部門受賞の快挙は、日本発で世界に広がる作品の布石になるか

真田広之さんがプロデュースと主演を務めたドラマ「SHOGUN 将軍」が、アメリカのエミー賞で歴史上過去最多となる18もの賞を受賞し、日本でも大きな話題になってから一晩が経ちました。

最大の話題である作品賞はもちろん、真田広之さんが主演男優賞、アンナ・サワイさんが主演女優賞を獲得した上に、スタント・パフォーマンス賞や衣装デザイン賞など合計で9人の日本人が初の受賞を果たす結果となりました。

日本では、エミー賞の知名度がそれほど高くないこともあり、今回の受賞がどれほど凄い快挙なのかピンと来ない方も少なくないようですが、この出来事は間違いなく、日本だけでなく世界の映像業界の分岐点として記憶される出来事です。
具体的にその背景をご紹介したいと思います。
 

アカデミー賞以上に日本人に敷居が高かったエミー賞

エミー賞は、よくテレビ業界における「アカデミー賞」と表現されますが、あくまでアメリカ合衆国で放送されたテレビドラマが対象になるアワードです。
そのため、基本的にはアメリカ人向けに制作されたアメリカの製作会社によるドラマが受賞するため、実はアカデミー賞以上に日本の作品にとってはハードルが高いアワードとも言えるのです。

もちろん「SHOGUN 将軍」は、FXというディズニー傘下の米国のスタジオが制作したドラマですが、その台詞の7割は日本語で展開され、ほとんどの出演者が日本人です。

そんな作品が、エミー賞の歴史を塗りかえる最多18部門受賞を成し遂げたというのは、間違いなく歴史的快挙と言えます。

実は「SHOGUN 将軍」は、もともとは1シーズン限りの予定の作品だったため、当初はリミテッドシリーズ部門にノミネートされる予定だったところを、エミー賞ノミネート前にシリーズ化を発表し、ドラマ・シリーズ部門に鞍替えした経緯があります。
明らかにFXやディズニー側がドラマ・シリーズ部門の作品賞を受賞する自信があったからこその鞍替えと言えますが、さすがにここまでの快挙は予想していなかったはずです。
 

真田広之さんの20年以上の経験が軸に

当然、今回の快挙が成し遂げるまでには、様々な布石があります。
何といっても今回主演だけでなくプロデューサーも務めた真田広之さんが、2003年に公開された映画「ラストサムライ」への出演をきっかけとして20年以上ハリウッドで活躍の幅を広げてこられたことは非常に大きかったと言えます。

長年のハリウッドでの経験をもとに、この作品では俳優陣を日本人で揃えるだけでなく、日本の時代劇のスタッフも招集し、徹底的に日本の戦国時代を再現することに注力されたことが、今回の18部門にもわたる受賞につながっていると言えます。

この「SHOGUN 将軍」はFXの社内では11年前から構想されていたプロジェクトだそうですが、7年前に真田広之さんが参加したことで具体的に動き出したと言われていますから、間違いなく真田広之さんの存在が軸になっている作品と言えるでしょう。

受賞式でも、アンナ・サワイさんが主演女優賞の受賞スピーチで「(真田広之さんは)本当に多くの扉を開いてくれましたし、今も私のような人々のために扉を開け続けてくれています。」と感謝の言葉を述べていたのが象徴的と言えます。
 

アメリカでも字幕の作品がヒットする時代に

また、時代の変化も今回の快挙の背景として大きく影響しています。
まず大きいのは動画配信サービスの世界的普及でしょう。
特にコロナ禍による外出自粛の影響でNetflixやHulu、Disney+のようなサービスが競い合ってユーザーを増やし、結果的に字幕で映画やドラマを視聴する文化がアメリカ国内にも普及したことは最も大きな変化と言えます。

字幕による英語以外の映像作品の可能性については、2020年に韓国の映画「パラサイト」が非英語作品として初の作品賞を受賞した頃から注目されていましたが、それが2021年にNetflixの韓国ドラマ「イカゲーム」の世界的大ヒットで証明される結果になります。

実際に、「イカゲーム」は、2022年のエミー賞において、非英語圏の作品として初の主演男優賞と監督賞を受賞しています。

「SHOGUN 将軍」で台詞の70%を日本語にするという判断をしたことを、真田広之さんは「ギャンブルだった」と振り返っていますが、こうした時代の変化を踏まえ、勝てる確率があると判断してのあえてのギャンブルだったと言えるでしょう。
 

「ホワイトウォッシング」や「文化盗用」批判も追い風に

また、FXやディズニーにおいて、ここまで日本の文化を重視する判断が可能になったのは、米国の中でも多様化が進み、白人が中心だったハリウッドにおいて、「ホワイトウォッシング」と呼ばれるような白人偏重主義に対する批判が高まり、作品や俳優陣の多様化が進んでいることも大きかったと言えます。

2017年に公開された映画「ゴースト・イン・ザ・シェル」において、主役の草薙素子役をスカーレット・ヨハンソンさんが演じることについて、押井守監督など日本では容認ムードだった一方で、米国では激しい議論が巻き起こったことが象徴的でしょう。

また、同様に「文化の盗用」という言葉に象徴される、その国の文化にリスペクトがない状態での作品作りに激しい批判が高まっている面もあります。

直近でも、UBIが発売予定の「アサシンクリードシャドウズ」が日本文化へのリスペクト不足で炎上していましたが、こうした世界の空気の変化は逆に「SHOGUN 将軍」において、真田広之さんが本物の日本を再現することにこだわる上で追い風になっていた面もあるはずです。
 

真田広之さんが強調された日本発への「布石」

真田広之さんは、今回2回受賞スピーチをする機会があったため、1回目は英語で、2回目は日本語で、と7割が日本語だった作品ならではの受賞スピーチを展開されました。
最初の主演男優賞のスピーチでは英語で「これは東洋と西洋が出会った夢のプロジェクトだった。『SHOGUN』は、人々が力を合わせれば、奇跡を起こせるということを教えてくれた。一緒に良い未来を作りましょう。」と、力強くハリウッドの方々に呼びかけています。

また、作品賞では日本語で「これまで時代劇を継承し、支えてきてくださったすべての監督や諸先生方に御礼申し上げます。あなた方から受け継いだ情熱と夢は海を渡り、国境を越えました。」と日本の時代劇関係者への万感の思いを込めた感動的なスピーチをされました。

そして、是非皆さんに注目していただきたいのが、授賞式後のメディア向け会見での言葉です。

真田広之さんはTBSからの「今回の受賞は次の世代にどういう影響を与えるのか」という質問に対して、「このことが次世代の俳優や制作陣に大きな意味をもたらすと信じている」と述べられた後、「時代劇が継承され、日本発でも世界に通用するものをつくっていく、一つの布石になればという気持ちです」と話されているのです。
 

日本の映像作品に拡がる可能性

今回の「SHOGUN 将軍」の成功は、当然ながら巨額な予算を投じることができるハリウッドの作品だからこそ、そこに真田広之さんという20年ものハリウッドでの経験がある日本人が「軸」になったからこその快挙ではあります。

ただ、実は前述した「アメリカでも字幕の作品がヒットする時代」になり、「ホワイトウォッシング」や「文化の盗用」への批判が高まり、視聴者が本物を求める時代になっているという変化は、日本の全ての映像関係者にとっても追い風です。

実際、Netflixでは「今際の国のアリス」や「幽☆遊☆白書」のような漫画原作のドラマだけでなく「地面師たち」のようなオリジナルの日本実写ドラマも世界のランク入りしているようになっています。
また、昨年公開された北野武監督の「首」は、カンヌ国際映画祭でスタンディングオベーションを受けるなど高い評価を得ていました。

最近では、日本でも時代劇をテーマにしている「侍タイムスリッパー」はインディーズ映画ながら、公開から1ヶ月で100館以上に拡大上映が広がり話題になっていますが、この映画も海外の映画祭で観客賞を受賞して話題になっています。

そもそも、黒澤明監督の作品は今でも多くの映画関係者から高い評価を受けていますし、実は世界は昔も今も日本の時代劇に注目してくれていると言えるかもしれません。
 

日本発で世界に通用する作品への挑戦は生まれるか

特に時代劇は、一昔前は頻繁にテレビでも放映されていましたが、日本においてはシニア層が見る番組というイメージがついてしまい、昔に比べると作品数が激減しています。
また、NHKの大河を筆頭に、日本の時代劇は実は海外で視聴する方法があまりなく、自ら世界に拡がる道を狭めていた面もあります。

ただ、今回「SHOGUN 将軍」は、本物にこだわった時代劇を作れば、世界が評価してくれるということを証明してくれました。
「SHOGUN 将軍」公開以前であれば、日本で世界をターゲットにする時代劇を作ると言っても、なかなかテレビ局などでの企画が通りにくかったかもしれませんが、今回の「SHOGUN 将軍」の快挙は、日本発の日本語のドラマにも同様の可能性があることを証明してくれたことになります。

真田広之さんの「時代劇が継承され、日本発でも世界に通用するものをつくっていく、一つの布石になればという気持ちです」と言う言葉は、次世代の方々へのエールであるとともに、これまで国内の視聴者だけを見て作品作りをしてきた映像関係者への問題提起や発破でもあるように思います。

「SHOGUN 将軍」は続編の制作が決まっていますし、そのロケが今度は日本で実施される可能性もあります。
引き続き真田広之さんや「SHOGUN 将軍」は世界中に時代劇の魅力を広げてくれでしょうし、その波及効果は着実に日本の映像業界にも及ぶはずです。

今回の「SHOGUN 将軍」の快挙が、真田広之さんの願い通り、日本発の世界に通用する作品の布石になるかどうかは、これからの日本の映像業界の奮起と挑戦にかかっていると言えるかもしれません。

日本の多くの映像関係者の方々が、「SHOGUN 将軍」の快挙に刺激を受けて、日本発で世界に通用する作品作りに挑戦してくれることを楽しみにしたいと思います。

この記事は2024年9月17日Yahooニュース寄稿記事の全文転載です。

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