耐え忍ぶ幸せ
こんにちは、トクです。本日もお読み頂きありがとうございます。
今日は、うつ病でも感じられる「幸せ」
の第8回目になります。今回は「耐え忍ぶ幸せ」について書いてみたいと思います。
うつ病は本当に辛く苦しい病気です。
毎日が不安感・焦燥感・恐怖感との戦いです。
特に、仕事を休んでいる間は、「いつになったら仕事に行けるのか」という不安感と「早く職場復帰しなくては」という焦燥感。それに、反するような「仕事に行くのが怖い」という恐怖感との戦いです。
それが毎日、四六時中続きます・・・。
何もしていなくても頭の中では、この不安感・焦燥感・恐怖感がグルグル回っているので、それだけで疲れきってしまいます。
周囲の人間には、こちらの頭の中までは分からないので、何もしていない、怠けていると思われます。不安感・焦燥感・恐怖感の、うつ病3点セットに加えて、周囲の人間の目とも戦わなければならない・・・。
本当に疲れきってしまいます。
毎日が耐え忍ぶ日の連続です。
もちろん、仕事をバリバリやっていた頃にも耐え忍ぶことはありました。なんの仕事もそうだと思いますが、上手くいくことばかりではありません。むしろ、仕事は上手く行かなくて当たり前なのかもしれません。
不条理な上司もいますし、パワハラをしてくる先輩もいました。結局、そのパワハラと、そのパワハラを見て見ぬふりをした上司がいたおかげで、うつ病を発症してしまいました。
何とか、ギリギリのところで、パワハラに耐えていた時に、親しくしていた先輩職員の自殺という事件がおきました。結局、これがダメ押しとなって、うつ病地獄に真っ逆さまです・・・。
うつ病を発症するまでの期間も辛く、苦しく、耐え忍ぶ期間でしたが、うつ病を発症してからの耐え忍ぶ期間とは少し違っていた感じがします。
パワハラ先輩にしても不条理な上司にしても、戦う相手が明確に見えていました。
コイツらさえ居なければ・・・。このパワハラにさえ耐えられれば・・・。そう思っていました。
しかし、うつ病3点セットの不安感・焦燥感・恐怖感は、戦う相手が見えません。
もちろん、先述した通り、「いつになったら仕事に行けるのか」とか「早く職場復帰しなくては」「仕事に行くのが怖い」といった具体的な不安感・焦燥感・恐怖感はありました。
でも、うつ病の本当に苦しいところは、訳の分からない不安感・焦燥感・恐怖感に襲われることです。
自分で、何を不安に思っているのかが分からない・・・。焦燥感にしても、何を焦っているのかが分からない・・・。同じく、何が怖いのかも分からない・・・。
戦うべき相手が見えないので、戦いようがないのです。
ただただ、じっと耐え忍ぶだけ。
抗うつ剤により、頭が回らないようにすることがせめてもの抵抗です。
高校時代の友人から「ジャマイカ人間」と言われていた私です。「ジャマイカ人間」とは物事をなんでも「じゃあ、まあ、いいか」で済ませてしまう人間のことです。物事を深く考えずに、何とかなる。で生きていました。
うつ病の地獄を見た現在では、この「何とかなる」の精神はとても大事なものだと思えます。
しかし、この若い頃の「何とかなる」はもっと薄っぺらいものでした。上手く行かないことの本当の怖さを知らなかったからです。
若さの特権とも言えるかもしれませんね。
長い耐え忍ぶ期間を経た今では、1周回って、一段階上の「何とかなる」の精神を持ちたいと思っています。
物事はすべて生成発展するように出来ていると言われます。
それが宇宙の原則だと。
生成発展すると言っても、一直線に発展する訳ではないようです。
螺旋状に渦を巻いて発展するとのこと。
螺旋状だから、一見、元のところに戻って来たように見えますが、実は、元のところではなく、一段階上のステージに上がっているのです。
その一段階上のステージでの「何とかなる」の精神を確立したいのです。
うつ病を発症してから24年が経ちました。
もちろん、24年の間、ずっとどん底にいた訳ではありませんが、耐え忍ぶ期間であったことは間違いありません。
そして、この耐え忍ぶ期間があったからこそ、精神的に一段階上のステージに行けると思うのです。
そう考えると、耐え忍ぶこともまた、幸せなことです。
人生とは魂の修行だと考えれば、耐え忍ぶ期間があることは、とても幸せなことだと思います。のんべんだらりと過ごしていては、決して経験できないことを経験できているのですから。
改めて人生には無駄なことはないと思うと同時に、耐え忍ぶことの幸せを噛み締めています。
最後までお読み頂きありがとうございました。