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著者と話そう 竹中 淑子さん 根岸 貴子さんのまき

 6月新刊『むかしむかし あるところに たのしい日本のむかしばなし』の著者で、子どもの本や図書館の児童サービスについて研究し、講座を開催している「子どもの本研究所」の竹中淑子たけなかよしこさん、根岸貴子ねぎしたかこさんにお話をうかがいました。

 子どもの本研究所の設立から今年で30年とのこと、根岸さんと竹中さんおふたりで、立ち上げからずっと運営していらっしゃいます。おふたりの出会いを教えてください。

根岸 私は子どもの本の仕事がしたくて慶應義塾大学文学部図書館学科に入りました。1960年代、同学科の渡辺茂男わたなべしげお先生から児童サービスを学んだ学生たちが、子どもの本を読む自主的な勉強会を開いていました。会のメンバーは、毎週土曜日になると、都内の3つの家庭文庫(土屋滋子つちやしげこさんの入舟文庫、土屋文庫、石井桃子いしいももこさんのかつら文庫)で、本を読んだり、子どもに本を読んでやったり、お話を語ったりしました。文庫は、学生たちにとって児童サービスの実習の場だったのです。

竹中 私は専攻が違ったのですが、渡辺先生にお願いして授業を聴講、勉強会にも参加させてもらいました。根岸さんとは、その勉強会で出会いました。卒業直前に、入舟文庫の「お姉さん」にもなりました。その頃には、松岡享子まつおかきょうこさんもご自宅に松の実文庫を開かれ、4つの家庭文庫の「お姉さん」たちを集めて、ストーリーテリングの勉強会を始められました。

根岸 私は調布市立図書館に勤めながら、松岡さんの勉強会にも参加していました。やがてその勉強会では、文庫の限界を越え、お役所の枠に縛られない、自由で実験的な、理想の児童図書館についても語りあうようになりました。そして1971年、「東京子ども図書館」設立のための準備委員会がスタートしたのです。

竹中 準備委員会では当初から「お話の講座」や、「えほんのせかい こどものせかい」等の小冊子の発行などを行いました。児童書の出版や文庫活動が盛んになる時代の中で、この活動は熱気をもって受け入れられ、その反響の大きさには皆で驚いたものです。

根岸 2年間の準備期間を終えて、74年に東京都の認可を受け、松岡さんを理事長として、正式に財団法人東京子ども図書館が発足しました。私は主に資料室の、竹中さんは出版の仕事をしながら、児童書を読んで選書し、子どもにお話を語り、また、初期のメンバーと共にお話の講座の講師などをして働きました。

 93年にふたりとも東京子ども図書館を辞めました。時間ができたので、日本の公共図書館や日本の児童文学についてきちんと勉強したいと思い、図書館の資料を借りて読み漁ったものです。そして、自分たちが経験したこと、学んだことを、子どもと本の現場で活動している人たちとも分かち合いたいと考え、翌年「子どもの本研究所」を設立し、小規模の講座を開いてきました。

竹中 私たちは、児童図書館員は子どもの本を読んでいなければ仕事はできない、と思っています。そこでまず、児童室の基本図書になるような本を丁寧に読んで、素朴に感想を述べ合うという「子どもの本を知るセミナー」を開きました。「お話を語る」講座も最初の頃からずっと続けています。また、児童サービスの基礎を学ぶ講座、絵本について学ぶ講座など、いろいろなことをやってきましたが、今年度からこうした活動は縮小していく予定です。

Q 2012年に徳間書店から刊行した『はじめての古事記』は、9刷まで版を重ね、現在約2万部発行しています。この本は、「小学校での読み聞かせに使える『古事記』がほしい」という現場の要望にこたえて生まれました。

根岸 そうですね、神話の部分だけをやさしいお話にまとめたものですが、他の仕事をしながらだったので、10年以上かかりました。国文学者で歌人の岡野弘彦先生のご講義を聴講したり助言をいただいたりできたのは幸運でした。

 『むかしむかし あるところに』も同じように生まれたのでしょうか?

竹中 私たちは、学生の頃から子どもたちにお話を語ることで昔話と関わってきました。創作のお話を語ることもあるのですが、子どもたちを惹きつける力は、断然昔話の方が強いのです。また長年講座を通して大勢の受講生の語る昔話を聞いてきました。聞けば聞くほど昔話は面白いというのが実感です。昔話こそ、お話(物語)の原点だと私たちは考えています。

 昔話は語られることでいちばんその魅力を発揮するのですが、語り手や読み手が身近にいない子どもたちにも昔話の面白さが伝わるような本があればと考えたのです。

根岸 日本の昔話は昔の日本人の暮らしや言葉と密接に結びついています。その昔話を今の子どもに差し出すには、伝承文学の特徴を守りながら、お話そのものの面白さを前面に出した再話が必要だと思いました。お話選びも低学年くらいを対象に、「ももたろう」「カチカチ山」などの五大昔話のほかに何を入れるか試行錯誤しました。また昔話は方言と切っても切れない関係にあるのですが、子どもが自分で読むことを考えて、あえて方言は使わないことにしました。耳で聞いてわかりやすいか、日本語のリズムを生かした文章になっているか、何度も声に出して確かめました。

Q 
子どもと本の出会いの場として「図書館」が大切だという研究所のお考えについてお聞かせください。

竹中 今はあらゆる情報がネットで手に入る時代ですが、子どもが本の情報、とくに時代を越えて多くの子に受け入れられる、読みやすくて面白い物語の本について知る機会は少ないのです。図書館はすべての子どもに読書を強いるところではありません。でも本の世界を知り、子どもを知る児童図書館員たちは、常におすすめの本を展示したり、紹介したり、お話を聞かせたりして、「本の世界に子どもたちを招き入れる」ことに力を尽くしています。
 そのような場─公共図書館─を守ることこそ大人の責任ではないでしょうか。

 ありがとうございました!

『むかし むかし あるところに』

竹中 淑子(たけなか よしこ)
(財)東京子ども図書館(71~93年)を経て、94年、根岸貴子氏とともに、子どもの本研究所を設立。著書に『はじめての古事記 日本の神話』『むかし むかし あるところに たのしい日本のむかしばなし』(いずれも徳間書店)。
根岸 貴子(ねぎし たかこ)
調布市立図書館(69~71年)、(財)東京子ども図書館(71~93年)を経て、94年、竹中淑子氏とともに、子どもの本研究所を設立。著書に『はじめての古事記 日本の神話』『むかし むかし あるところに たのしい日本のむかしばなし』(いずれも徳間書店)。


(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年7月/8月号より)

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