思いがけないプレゼント/『ミリ―・モリ―・マンデーのおはなし』/文:阿部結
小学校2、3年生の時のことだったと思う。その日わたしはおなかをこわして、学校を休んでひとり家で寝ていた。おなかが弱くて、よくおなかをこわす子どもだった。
両親は共働き。父方の祖父母がわたしたち3姉妹の面倒を見に、しばらく家に来てくれたこともあったが、その時家には誰もいなくて、わたしは2階の自分の部屋にひとりで横になっていた。
昼間、眠っていると家の玄関にぶら下げてあるベルがちりんちりんと鳴った。父だった。父は中学の教師をしていたので、今思えば昼休みの時間を使って様子を見に来てくれたんだろう。その時父がわたしに何を話したのか、細かいことは全然覚えていないのだけれど、ともかく父はわたしに一冊の本を手わたした。
表紙には、真ん中に赤い縦縞のワンピースを着たおかっぱ頭の小さな女の子が描かれ、その足元から黒ブチの犬が、ちょん、と顔を出している。女の子の周りを囲むように配置された6つの黄色い縁取りの円形の枠の中に6人の登場人物の顔が描かれている。上部には赤の太字で『ミリー・モリー・マンデーのおはなし』という手描き文字のタイトルがあしらわれている。それはひとり家で休んでいるわたしのために父が本屋で買ってきてくれた本だった。
中学校の昼休みの時間は1時間くらいだろう、その間に本屋へ向かい児童書のコーナーへ行き、そこで父はどんな気持ちでこの本を手に取ったのだろうか。
その思いがけないプレゼントが、わたしは本当にうれしかった。おなかが痛いと言えど、ひとりきりで一日中寝ていなければならない時間は退屈極まりなかったし、何よりも父が自分のことを気にかけてくれたことがわかってうれしかった。父にねだって買ってもらった本はたくさんあるけれど、父自らがわたしだけのために買ってくれた本となると、記憶しているのはこの一冊だけなのだ。
お昼ご飯をわたしに食べさせ、父は学校へ戻った。わたしはすぐにその本を読み始め、主人公のミリー・モリー・マンデーになって物語の中を歩いた。途中でどんなことが起ころうと、物語の中にいる間はちゃんと父に見守られているのだ、愛情に包まれているのだという安心感があった。ひとりきりだったからこそ感じることができたものが多くあった。その日の読書体験は、お日さまの光のように柔らかな幸せに包まれた豊かな時間をわたしにもたらしてくれた。
それから、『ミリー・モリー・マンデーのおはなし』は、わたしと父をその時の思い出でつなぐ、特別な一冊となった。
今回の原稿を書くにあたって、真っ先に『ミリー・モリー・マンデーのおはなし』が頭に浮かんだ。原稿に取りかかる前に父に電話をしてこの話をすると、「えー、そんなことあったっけ。覚えてないなあー」という答えが返ってきた。
この原稿ができたら『ミリー・モリー・マンデーのおはなし』と一緒に送ろう。そしてこの本の話をまた父としたいと思う。
『ミリー・モリー・マンデーのおはなし』
ジョイス・L・ブリスリー 作
上條由美子 訳
菊池恭子 絵
初版 1991年
福音館書店 刊
文:阿部 結(あべ ゆい)
1986年、宮城県気仙沼市生まれ。絵本の作品に『おやつどろぼう』『おじいちゃんのくしゃみ』(ともに福音館書店)、『おおきなかぜのよる』(ポプラ社)、『なみのいちにち』(ほるぷ出版)などがある。
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年5月/6月号より)