安房 直子『トランプの中の家』
この連載では、1980年代に話題になり、今は書店で手に入りにくくなっている作品を紹介していきます。
1970年、同人誌に発表した「さんしょっ子」で日本児童文学者協会新人賞を受賞して颯爽とデビューし、70年代から80年代に数々の児童文学賞を受賞するなど大活躍しながら、93年に50歳の若さで惜しまれながら亡くなった安房直子の素敵なファンタジー作品です。
主人公の私は9歳で、妹のあつ子は3歳。「自然の中でのびのびくらすために」お母さんに連れられて森の家に来ています。妹の夜中の咳はぴたりと止まり、お母さんは上機嫌で朝からケーキを焼いてくれます。お母さんが焼いたケーキをお昼のデザートに食べた後、残りを伯母さんの家に届けることになり、私と妹が森の道を歩いていくと、探し物をしているという、エプロンをしたウサギに出会います。
ウサギはお屋敷の料理番で、珍しい野菜を探してお客様に出し、ご主人様に褒めてもらいたかったのです。そのため、おまじないを使ってお屋敷を抜け出してきたというのです。私が、「おやしきって、どこにあるの」とウサギにたずねると、ウサギはエプロンのポケットから1枚のトランプを取り出し、まるで手品をするみたいに裏返しにし、「おやしきは、ここにあるのです」と言います。よく見ると、そこには一軒の大きな家の絵が描かれていました。そしてウサギは、「私は、ここから出てきました」と言いました。
私が目を近づけてトランプを見つめ直すと、古いお屋敷のドアの前に咲いている小さな赤い花が、かすかに風に揺れたのです。このときウサギが、トントン足踏みしながら変な歌をうたいました。そして、トランプの絵の中の家にウサギが消えていくのが見えました。
私はウサギの後を追いかけようと、トントンと足踏みしながら、変な歌をうたいました。すると激しい風が吹き、思わず目をつむった瞬間、「お姉ちゃんが、いないよー」と、妹のけたたましい泣き声が聞こえました。「ここにいるよー」と叫ぼうとして目をあけたとき、私はどうやらトランプの絵の中に入り込んでしまったようです。
絵の中の家には「トランプ工房 うさぎ堂」と細長い札が下がっていました。「おもしろそう…」と私は急に楽しくなり、思い切ってドアを開けて家に入ります。台所でお料理を作っているウサギを見つけ、妹のいる森に帰る方法を訪ねると、「別のトランプのクラブの7を使うことだ」と、こともなげに言うのです。
大きなテーブルを囲んで、たくさんのウサギたちがトランプに様々な絵を付けている2階の奇妙な工房に忍び込んだ私は、ウサギたちもクラブの7を探していることを知ります。はたして私は、妹の待つ森に無事に戻れるのかどうか。
自然の微細なうごめきや小さな生き物たちの営みに寄り添い、まるで魔法のように幻想的な物語を生み出してきた作者の、トランプの絵の中にひろがる不思議な世界をドキドキしながら楽しめる傑作ファンタジーです。
『トランプの中の家』
安房 直子 作
田中 槇子 絵
初版 1988年
小峰書店 刊
文:野上 暁(のがみ あきら)
1943年生まれ。児童文学研究家。東京純心大学現代文化学部こども文化学科客員教授。日本ペンクラブ常務理事。著書に『子ども文化の現代史〜遊び・メディア・サブカルチャーの奔流』(大月書店)、『小学館の学年誌と児童書』(論創社)などがある。
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年9月/10月号より)