心のこわばりをほぐすには…/『わたしの名前はオクトーバー』/文:編集部 田代 翠
『わたしの名前はオクトーバー』は、森で育った少女が、疎遠だった母と急に街で暮らすことになった日々の葛藤と成長を描いた物語です。
主人公のオクトーバーは、電気もガスもないロンドンの森の中で、父とふたりで暮らしています。畑で野菜を育てて主な食糧を得ていますが、完全に外界とのつながりを断っているわけではなく、自分たちで作れないものは、別途入手。たとえば乳製品は、近所(車でしばらくかかる)の酪農家に野菜と交換してもらい、服は年に一度ほど村に買い物へ。学校には行かず、勉強は父親の指導のもと、雲の名前を学んだり、森の地図を描いたり…。家には本もたくさんあります。オクトーバーは、そんな森での暮らしを愛しています。
母親は、オクトーバーが4歳のときに、森の生活に限界を感じて家を出ています。そのとき娘も連れていこうとしたものの、オクトーバーはついていきませんでした。4歳という年齢を考えると、森を離れたくないとか、父と一緒にいたいとか、明確な考えがあったかどうかは判断が難しいところですが、ともかく今のオクトーバーは、母を、野生の暮らしを捨てた人として憎んでおり、しょっちゅう届く母からの手紙も、いっさい読もうとしません。
ところが、11歳の誕生日、オクトーバーは森の暮らしを切り上げざるを得なくなります。その日、誕生日だからと母が会いにきたのですが、顔を合わせたくない一心で、オクトーバーは、木の上へ。それを追いかけて自分も木に登った父は、枝が折れて転落し、腰の骨がくだける大けがをしてしまうのです。
こうしてオクトーバーは、ロンドンの母の家で暮らすことになります。ずっと避けてきた母と生活しなくてはならない状況に、いら立ちは募ります。また、父のケガのきっかけを作ったのは自分であるという事実も、重く心にのしかかります。加えて、学校にも通うことになり、大勢の子どもたちと同じ空間にいなくてはならない、慣れない生活、かわいがっていたフクロウのヒナを保護センターに預けさせられたこと…。オクトーバーは、常に心に怒りを抱えた状態で、町での生活を送り始めます。
そんなオクトーバーの心がほぐれていくきっかけとなるのは、自由研究で組むことになったクラスメートのユスフ。「ふざけてばかりの男子」のユスフのテンションに巻き込まれる形で、オクトーバーは、他者とのコミュニケーションを積みかさねるうち、自分を客観的に見つめ、成長していきます。それに伴い、母への態度も、少しずつ(本当に少しずつ少しずつ…!)軟化していくのです。
父とふたりきりの森での生活が、安心で心地よかったのは確かでしょう。でも、社会に出ることでオクトーバーが強くなっていく様子に、ほっとさせられます。
少女が母との関係を修復するための処方箋は、何か特別なものではなく、社会との関わりを持つことでした。一人称の語りから伝わる、ぶつけようのない怒りやいら立ちは、読んでいると苦しくなるほどですが、人と話をするというごくあたりまえの行為が救いとなる、心洗われる一冊です。
文:編集部 田代 翠
『わたしの名前はオクトーバー』
カチャ・ベーレン 作
こだま ともこ 訳
初版 2024年
評論社 刊
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年7月/8月号より)