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子どもの持つ力への信頼/『ぼくらのジャングル街』/文:編集部 上村 令

 今年の夏、イギリスのケンブリッジに数日滞在した際、偶然座った公園のベンチに、以下のような銘板がついていました(イギリスでは、亡くなった人の記念としてベンチを寄付する習慣があります)。「児童文学の作家・批評家として愛されたジョン・ロウ・タウンゼンドの思い出に」

タウンゼンドを偲ぶ銘板が取り付けられたベンチ

 それを見て、もう30年以上前に、ここケンブリッジでタウンゼンドに一度だけ会ったことを思い出しました。当時新しい児童文学シリーズの準備をしていて、タウンゼンド作品も1冊出版予定でした。出版の権利を問合せた時、出版社がそれを作者に回し、タウンゼンドが直接返事をくれていたのです。それは、タイプライターの絵柄が印刷された本人専用の便箋にタイプで打たれた手紙でした(何しろメールどころかファックスも一般的ではなかった時代です)。当時既に日本でも名前が知られていた作家から、直接そんな手紙をもらったことは、とても感動的で、その後わたしが海外の作家たちと直接やりとりする原点となったと思います。といっても、せっかく会っても、当時のわたしはあまりちゃんとした話もできず、ただただ、「お手紙ありがとう、嬉しかったです」とくり返していた気がします。変なやつ、と思われていたかもしれません。

 実をいうと、子どもの頃に読んだタウンゼンド作品は『アーノルドのはげしい夏』だけで、それがあまりに不可解でおもしろくなくて(!)、12歳のわたしは「新しく出る児童文学が全部おもしろいわけじゃないんだ!」と、ショックを受けました(当時はおもしろい新刊が次々に出ていた時代でした)。でも今、デビュー作である『ぼくらのジャングル街』を読み直してみると、やはり優れた作家だったことがわかります。

 両親を亡くした13歳のケビンとしっかり者の妹サンドラは、頼りないおじのウォルターとその女友だち、ウォルターの2人の小さな子どもたちと暮らしていますが、ある日2人の大人が姿を消してしまい、ケビンたちは小さないとこたちの面倒を見ながら、なんとか生き抜かなくてはならなくなります。警察や役所に状況を知られてばらばらに引き離されることを恐れた兄妹は、親友のディックの助けを借りて、町外れの原っぱに建つ使われていない倉庫に引越すことに。ところがその倉庫には、密輸を企む犯罪者や脱獄犯たちが出入りしていて…? 

 「恵まれない環境にある名探偵カッレくんたち」という感じの物語で、どきどきする展開に引き込まれます。町の牧師補とその婚約者であるケビンの学校の先生、子どもたちを引き取ることはできないけれど助けようとしてくれるもう1人のおじ、そのおじを探すのを手伝ってくれる商店主の親子など、まわりの大人たちも印象的。何より、これからもウォルターたちと暮らすしかないとわかった時、「2人は弱い人間だけど、自分たちが小さいいとこたちを支ええていけばいい」と考え、前を向くケビンの姿に、子どもの持つ力を信頼していた作家の姿勢がうかがえる、読後感がさわやかな1冊です。

文:編集部 上村 令

『ぼくらのジャングル街』
ジョン・ロウ・タウンゼンド 作
ディック・ハート 画
亀山 龍樹 訳
初版 1970年
学習研究社 刊

(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年9月/10月号より)

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