【試し読み・前半】心温まる大家族の物語「バンダビーカー家は五人きょうだい」シリーズ1
きょうだいの多い大家族を描いた物語は、たくさんあります。
〈大家族もの〉〈きょうだいもの〉がお好きな方に、特におすすめしたいのが、シリーズ「バンダビーカー家は五人きょうだい」(カリーナ・ヤン・グレーザー作・絵/田中薫子訳)。
12歳の双子を筆頭に4歳の末っ子まで、5人のきょうだいが、子どもたちだけで家族にふりかかった一大事を解決しようとがんばる物語です。第一弾は『引っ越しなんてしたくない!』。
舞台は、ニューヨーク・ハーレム地区にある、歴史ある建物のアパート。現代の都会を舞台にしながら、クラシックな香りのする、心温まるファミリードラマと、全米で話題沸騰。ホーンブック誌をはじめ、各書評誌で絶賛され、子どもたちはもちろん、司書や愛書家たちからも高い評価を受けています。
5人きょうだいは、それぞれ特技や趣味があって、個性豊か。でも同時に、身近にいるような親しみやすさもあり、共感を呼んでいるのかもしれません。
5人のきょうだいをご紹介します。
●ジェシー
12歳。科学や数学が大好きで、いつも、実験や科学装置の製作に力を注いでいる、活発な性格で、部屋の整理整頓は苦手。イーサの双子の姉妹。
●イーサ
12歳。6歳のころから習っているバイオリンは、かなりの腕前。おっとりしていて、近所のパン屋の息子ベニーのことが好き。ジェシーとは双子の姉妹。
●オリバー
9歳。きょうだい唯一の男子。バスケが大好き。読書家で、今は『宝島』に夢中。庭のツリーハウスにトランシーバーを備え、親友ジミー・Lとよく交信している。
●ハイアシンス
7歳。手を動かして、ものを作るのが大好きな女の子。気立てが優しく、だれかを喜ばせるのが好き。バセットハウンド犬のフランツが、良き相棒。
●レイニー
4歳。バンダビーカー家のムードメーカー。だれにでもぎゅっとハグをしてしまう天真爛漫な性格で、甘え上手。パガニーニという名前のウサギをかわいがっている。
そんな5人と両親のバンダビーカー一家は、石造りの古い建物を利用したアパートの1、2階に住み、すぐ上の階の老夫婦と家族のようなつきあいをしながら暮らしています。
ところがクリスマス直前のある日、最上階に住む気難しい大家のビーダマン氏から、部屋の契約を更新しない、と突然伝えられます。ビーダマン氏は、何か事情があって、ほとんど部屋にひきこもっている人。
部屋の契約は12月末まで。あと10日くらいで、引っ越さないといけないってこと!?
たしかに、ボールやバイオリンの音がうるさいと怒られたことはありますが、この1年ほどは、皆おとなしくしていたつもりだったのに。
ビーダマン氏が、なぜ、一家を追い出そうとしているのか、よくわかりませんが、好かれていないということは確か。5人きょうだいは、自分たちなりに、どうしたらいいか考えて、〈ビーダマンさんにいいことをしてあげて、自分たちを好きになってもらえば、考え直してもらえるかもしれない〉と思いつきました。
そこで、5人がさいしょに起こした行動とは……? 本文第5章の一部を、以下にご紹介いたします!
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【試し読み】ここから↓
ジェシーは、レイニーに紫のダウンジャケットをむりやり着せ、ぴかぴかの冬用ブーツをはかせると、イーサとオリバー、ハイアシンスにいった。「いってくる!」
「チーズクロワッサンを、よぶんに買ってきてよ」と、オリバー。
「そうだね! 多い方がビーダマンが喜ぶかもしれないもんね」ジェシーはそういって、くたくたのマフラーをつかみ、首にまきつけた。
オリバーはきっぱりといった。「よぶんにっていったのは、ぼくが食べるんだよ。でもビーダマン用にも、買っていいよ」
ジェシーとイーサは顔を見合わせ、あきれたように目をくるんと回した。それからジェシーはレイニーの手を取り、いっしょに外へ出た。
と、すぐに、スマイリーさんの親子に出会った。スマイリーさんは、同じブロックにある大きな〈ブラウンストーン〉の管理人で、娘のアンジーはオリバーの友だちだ。
「やあ、レイニー! やあ、ジェシー!」スマイリーさんがいうと、アンジーもいった。
「オリバーに、約束したバスケの対決を早くやろうって、いっておいて!」
オリバーとアンジーは、おたがいに声をかけあって、ワン・オン・ワンという一対一でやるバスケットボールのゲームでしょっちゅう対決をしていた。アンジーは、男子だけのバスケのチームから、仲間に入って、とたのまれるくらい、バスケがうまかったのだ。
ジェシーとレイニーはバイバイと手をふり、歩きだした。
小塔がついた〈ブラウンストーン〉の前を通りすぎると、次はツタにおおわれた〈ブラウンストーン〉。その次の〈ブラウンストーン〉は、窓という窓にクリスマス用のマツの葉の飾りをかけ、エントランスのどっしりとした木の扉に、ひらひらした深紅のリボンがついた大きなリースを飾っていた。
そのしずかな通りから、角を曲がって大通りに出たとたん、にぎやかな音が耳にとびこんできた。市バスがキキーッ! とブレーキをかけ、お店の人たちは前の晩におろしたシャッターのかぎを開けてガラガラとまき上げ……通りの少し先では、ゴミ収集車がブレーキをかけて止まった。このあたりのゴミの収集を担当している作業員のひとり、マークが、車のうしろからとびおりて、ゴミ箱からあふれんばかりのゴミを、収集車の投入口に放りこんでいった。
レイニーが声をあげた。「わあ、力持ち。レイニーもいつか、強くなるんだ」そして、力こぶを見せるように両腕をぐいっと上げた。
マークが笑っていった。「やあ、レイニー。おもしろいなぞなぞがあるよ。赤くて白くて赤くて白くて赤くて白いもの、なーんだ?」
レイニーは頭をひねって考えた。「クリスマスのしましまキャンディー?」
「それでもオッケーだけど、ぼくの答えはちがうんだよなあ」マークはまたゴミ収集車のうしろにつかまりながらいった。収集車が動きだした。
遠ざかっていく車に向かって、レイニーがさけんだ。「教えてー!」
マークが大声で返した。「坂を転げ落ちるサンタクロースだよ!」
レイニーはクスクス笑い、収集車のうしろで敬礼するマークに手をふった。
ジェシーとレイニーは通りを歩いていった。「ハーレム・コーヒー」というコーヒーショップの前には、ねむそうな目をした人たちの長い列ができていた。ちょうど店が開く時間になった「イロイロ・デリカテッセン」の前も通り、あと数時間たたないと開かない図書館の前も通ったあと、姉妹は右に曲がって一三七丁目の通りに入った。店が見えてくる前から、キャッスルマンズ・ベーカリーのパンのあまくておいしそうなバターの香りがただよってきた。
チーズクロワッサンがおいしいことで有名なキャッスルマンズ・ベーカリーは、大学の入り口の目の前にあった。何十年も前からここに店をかまえていて、熱烈なファンは、ほかの区や州からでも、パンやデニッシュを買いに来ていた。
バターたっぷりだけど脂っこくない、サクサクだけどぼろぼろくずれたりしない、この店のデニッシュをひと口食べれば、ビーダマンもたちまちごきげんになるにちがいない、とバンダビーカー家の子どもたちは心から信じていた。
キャッスルマンのおじさんは、この近所で一番のパン焼き職人だ。そして、おばさんがパンを売る方をしきっている。息子のベニーは、双子と同じ学校に通う八年生で、イーサと仲がよかった。
ベニーは週末と、ときどきは放課後も、ベーカリーのレジの仕事を手伝っていた。ベニーのすすめで、店は最近、タッチパネル式のレジを買った。商品の値段をぜんぶあらかじめ登録できるうえに、クレジットカードを読み取る機能もついていて、お客は指でサインするだけでパンを買うことができる。でも、その使い方がわかっているのは、ベニーだけだった。キャッスルマンのおばさんは、引き出しが開くたびに元気よくチーン! と鳴る、昔ながらのレジの方を気に入っていた。
「やあ、二人ともいらっしゃい!」ベニーがぱっと笑顔になって、二つのレジスターのうしろから声をかけてきた。フットボール(アメリカンフットボールのこと)のジャージと、青のジーンズの上に、店のエプロンをつけている。ジェシーはにっこりした。レイニーはカウンターの下へもぐりこんで、ベニーの腰にだきついた。
レイニーが頭の上のかんむりの位置を直すのを見て、ベニーがいった。「ようこそ、レイニー姫」
「なぞなぞがあるの」
「いってごらん」
「えっとね、坂を転がるサンタさんは、なあんだ? あれれ? ちがった。なんだっけ」レイニーは眉間にしわをよせ、思い出そうとした。
ジェシーが、はじめのところだけいってやった。「赤くて白くて……?」
「そうだ。赤くて白くて赤くて白くて赤くて白いの、なあんだ?」
ベニーは考えこむように、人さし指であごをトントンつついた。「ふーむ……むずかしいなあ。なんだろうなあ……」
レイニーは大喜びだ。「わかんない? 答え、いおうか?」
「いってよ。なんにも思いつかないや」と、ベニー。
「坂を転がるサンタさんだよ!」
ベニーはクスクス笑った。「なるほど、いいなぞなぞだな。覚えておくよ」そういって、レイニーをだきあげ、カウンターのレジの横にすわらせると、口の広いガラスびんからジャムクッキーを一枚取って、わたした。それからまたびんに手を突っこんでもう一枚取ると、うやうやしくおじぎをしながら、ジェシーにさし出した。
「ありがとう、ベニー」ジェシーがひと口かじると、クッキーは口の中でほろほろとくずれた。ベニーのことはずいぶん前から知っているので、ついついあだ名で呼んでしまう。ベニーは十歳になった日から、ちゃんと「ベンジャンミン」と呼んで、といっていたのだけれど……。
パンやデニッシュがならんだガラスケースの向こうから、キャッスルマンのおばさんが、べっ甲のまるいめがねのふち越しに上目づかいでジェシーを見て、きいた。
「いつものでいいの?」
ジェシーはうなずいた。「それと、上の階のご近所さんにあげるのに、朝食におすすめのパンを三つください」
「ジョージーさんとジートさんはお元気?」と、おばさん。
「はい、元気です。でも、パンは、ジョージーさんたちのためじゃありません。今回は、上の上の階の、ビーダマンさんにあげるんです」
キャッスルマンのおばさんはびっくりしたように眉をつり上げた。「えっ、ビーダマンさんですって?」
「四階に住んでいるんです。わたしたちのことを好きになってもらおうと思ってて」ジェシーはそういいながら、バッグの中の財布をさがした。
おばさんは、腰をかがめてケースの中のデニッシュをいくつか取り出しながら、そっとつぶやいた。「そう、ビーダマンさんなの……」
おばさんの声の調子が気になって、ジェシーは財布をさがす手を止めた。腰をかがめ、ガラスケース越しにおばさんを見ようとしたけれど、デニッシュへのばした腕しか見えない。
「おばさんは、ビーダマンさんを知ってるんですか?」
少し間があった。ジェシーがもう一度、もっと大きな声できこうとしたとき、ベニーが話題を変えてきた。
「なあ、ジェシー。八年生のダンスパーティーの話、聞いたか?」いかにもさりげなく、カウンターにひじをついている。
レイニーはまだレジの横にすわり、「使ってよし、入れてよし」と書かれた小さなカップの中の小銭をいじっている。
ジェシーは、もう一度おばさんを見やってから、ベニーの方を向いた。「ううん。それがどうかした?」といいながら、トートバッグの中をかきまわした。よれよれの実験ノート。包み紙がくしゃくしゃになった飴がいくつか。すれて傷だらけになった電卓……ああ、やっと財布が見つかった。
「ええっと……おまえのきょうだいは、行きたいっていうかな?」と、ベニー。
ジェシーはベニーを見上げた。「きょうだいってだれのこと?」
ベニーはジーンズのポケットに両手を深く突っこんだ。「イーサだよ」
「イーサが? 八年生のダンスパーティーに? イーサは七年生だよ、ベニー。八年生のダンスパーティーなんて、行けるわけないじゃない」
「行けるんだよ、八年生といっしょなら。で、八年生ならここにいる。このおれ。もちろん、きちんともうしこむつもりだよ。オッケーしてくれるかな? どう思う?」ベニーは落ち着かないようすで、体を左右にゆらしはじめた。
レイニーが口をはさんだ。「レイニー、ダンス、大好き」そして、「使ってよし」のカップから一セントを二枚取り、ベニーにわたした。ベニーは硬貨を受け取ると、またカップに放りこんだ。
ジェシーは、頭がくらくらしていた。先月の科学実験で使った遠心分離機に、かけられているみたいな気分だ。
ベニーがイーサをダンスにさそいたい、だって? わたしは留守番? 今まで、学校のダンスパーティーへイーサと二人で行かなかったことは、一度もなかった。デートでダンスに行ったことだって、ない。そんなことをしたら、「双子のルール」に反するからだ。
それは暗黙のルールなので、何かに書いてあるわけではない。でもきっと、どちらかを置いてダンスへ行ってはいけないというのも、入っているはずだ。特に、デートで行くなんて、とんでもない。
ジェシーはいった。「きっといやだっていうと思うな、わるいけど。ベニーだからってわけじゃなくて……とにかく、わたしにはわかるの、だめだって」
ベニーはがっかりした顔になった。「どうして……?」
ジェシーはベニーにわるい気がしてきた。財布からお金を出し、「ベニーが気に食わないとかじゃないんだよ。イーサが行くっていうと思えないだけ」といった。
「レイニー、ダンス、大好き」レイニーがもう一度同じことをいい、またカップから一セントを出して、ジャケットの袖口でみがきはじめた。
ベニーはジェシーにも、レイニーにも、何もいわなかった。ジェシーの注文をていねいにレジに打ちこみ、お金を受け取り、おつりを返しただけだった。
「ありがとう、ベニー」ジェシーはクロワッサンとビーダマンさんにあげるパンが入った袋をつかんだ。
ベニーがレイニーをカウンターからおろすと、レイニーはカウンターの下をくぐり、ジェシーと手をつないだ。ジェシーはベニーとおばさんに軽く手をふった。「じゃあ、また。さよなら、キャッスルマンのおばさん」
ベニーとおばさんは、店を出た二人の姿が見えなくなるまで、見送っていた。それからおばさんは気をきかせ、おじさんがパン生地をこねている店の奥へとひっこんで、息子をひとりにしてやった。
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ジェシーの安易な発言は、実は、物語の最後まで尾を引くことになります。
そして、ビーダマン作戦はうまくいくのでしょうか? 続きも、こちらのnoteにて、近日公開予定です!
【追記】続きも公開しました!