著者と話そう オスターグレン晴子さんのまき
今回は「クラシック・ムーミン絵本」シリーズを翻訳されているオスターグレン晴子さんにお話を伺いました。このシリーズは、ムーミンの著作権を管理する会社の会長で、ムーミンの生みの親トーベ・ヤンソンの姪のソフィア・ヤンソンが、「ムーミン童話をもっと幼い子どもたちにも読んでほしい」という思いをこめて刊行を始めたものです。
Q オスターグレンさんのムーミンとの最初の出会いはいつでしたか?
A 小学生のころ、テレビで、東京ムービー制作のムーミンのアニメーションを見ていました。それが最初です。毎週、夢中になって見ていましたが、その後、原作がトーベ・ヤンソンの「ムーミン童話集」だと知り、読んでみました。原作はこういう話なんだ、と意外に思いました。おもしろかったのですが、今思えば、文学作品がアニメになるとまったく別物になるということを漠然と感じた最初の作品かもしれません。
次の出会いは、スウェーデン留学中。そのときに文学の先生から、「フィンランドの沿岸部はスウェーデン語圏で、トーベ・ヤンソンはその地域で生まれ育ち、スウェーデン語で作品を書いている」と教わりました。大学の書店でムーミンシリーズが揃っているのを見つけたので、すぐに全巻購入して、スウェーデン語で読んでみました。当時の私には難しかったけれど、楽しんで読みました。
そのときに特に印象に残ったのが、『ムーミン谷の十一月』。原題を直訳すると『十一月の終わりに』ですが、読んだのがちょうど同じ時期でした。この季節のスウェーデンは、留学生にとってきついんですよ。まず雨が多くて、霧もよく出ます。朝はなかなか明るくならないし、明るくなってもどんよりした灰色の世界。日のくれる時間も早いので、夜がとても長く感じます。久しぶりのお日様だ!と思っても、すぐに沈んでしまうんです。そんななか、『ムーミン谷の十一月』に登場する人たちと自分が重なる部分がありました。当時は、まさか自分がムーミンと関わることになるとは、思ってもいませんでしたけれど(笑)。
Q もともと大学ではドイツ語を学ばれたそうですね。
A はい、大学でドイツ語を学び、大学院時代に留学していたドイツの大学で北欧への留学を薦められて、交換留学生としてスウェーデンに行きました。北欧全般について学ぶ学科で、政治経済や歴史、文化を学びました。ムーミン童話を全巻読み終えた頃、ヤンソンの大人向けの小説『誠実な詐欺師』が刊行され、すぐに読みました。彼女がムーミンの作家だけではないことを実感しました。ちょうど刊行されたばかりの『石の原野』も読み…。この二冊の独特なおもしろさはとても印象に残っています。
Q ムーミンと縁のある方との出会いもあったとか?
A はい、それは留学時代ではなく、家族を持ってから夫の転勤で5年間スウェーデンで暮らしたときのことです。子どもの本の仕事をはじめて数年たった頃でした。そのときご近所に住んでいらしたイングリッドさんという方で、今年94歳になられました。私のストックホルムのお母さんのような存在で、よく一緒におしゃべりしました。イングリッドさんはスウェーデンのテレビ番組、それも教育番組や子ども向けのドラマなどのディレクターの草分け的存在だった方で、1969年にスウェーデンで放映されたドラマ版ムーミンに関わっていらっしゃったそうです。この番組の脚本はトーベとラルスのヤンソン姉弟が書いています。アニメではなく、実写ドラマで、ムーミン一家は着ぐるみだったんですよ。ご自宅で番組の一部をビデオで見せていただいたことがありましたが、なんともシュールでした。
イングリッドさんは、ヤンソンとは、亡くなるまでプライベートでもなかよくしていらしたので、「トーベさんってどんな方?」ときいたことがあります。「すごーくいい人」だそうで、たとえば、世界中からファンレターが届いていましたが、そのすべてに返事を書いていた、とか。日本からのファンレターが一番多かったそうです。イングリッドさんは、「全部に返事を書いていたら仕事をする時間がないのでは?ときいたら、でも、遠いところから手紙を書いてくれているんだから、返事を書かないなんてできないわ!って。そういう人なのよ」と。遠くから会いにくる人たちもいて、そういう人とも会っていたそうです。日本からも来ていたそうですよ。大変だったろうに、大変だとはいわない。その話をきいて、トーベさんは、ムーミンママのような人だったんだと思いました。
イングリッドさんは1930年生まれで、ラジオからテレビに代わる時期の生き証人みたいな方です。ストックホルムを訪れるたびにお会いして話をするのが楽しみなんです。
Q クラシック・ムーミン絵本を訳されて、いかがでしたか?
A このシリーズに携われて、なつかしい気持ちでいっぱいです。どれも絵がすてきですね。私は以前から保育園で定期的に絵本の読み聞かせをしていますが、このシリーズも本が出来上がる前から読み聞かせに使いました。文章が多いので、子どもたちが飽きないか心配でしたが、年長さんたちは熱心に最後まで聞いてくれました。ムーミンの世界への入り口になるいい絵本だな、と思います。この絵本でムーミンを知って、いつかオリジナルの童話を読んでくれるといいですね。
最近はムーミングッズがたくさんあり、キャラクターの名前を知っている方は、たくさんいらっしゃいます。でも、原作を読んだことがないという方には、ぜひ読んでほしいと思っています。
ありがとうございました!
オスターグレン晴子(おすたーぐれんはるこ)
通訳、翻訳者。主な訳書に『とりがないているよ』『サリー・ジョーンズの伝説』(共に福音館書店)、『キムのふしぎなかさのたび』『ムーミン谷のおはなし』「クラシック・ムーミン絵本」シリーズ(いずれも徳間書店)他。
自作の絵本に「子犬のポンテ」シリーズ(エヴァ・エリクソン絵、福音館書店)がある。
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年5月/6月号より)