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【試し読み・後編】子どもたちの立てた作戦はいかに…「バンダビーカー家は五人きょうだい」シリーズ

 都会の住宅街を舞台にしながら、近所づきあいもたっぷり描かれる、〈大家族もの〉児童文学「バンダビーカー家」の物語。
 どこにでもいそうな、ごく普通の子どもたちに、ハラハラする事態が起こり、近所に住んでいるような気分で読める、と好評です。

 先日公開した、シリーズ第一弾『引っ越しなんてしたくない!』試し読の前半で、気難し屋の大家さんビーダマン氏に自分たちを好きになってもらうべく、「いいこと」をする作戦に着手した5人きょうだい。さて、その作戦はうまくいくのでしょうか?

 「試し読み」後半をお届けします。

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【試し読み】ここから↓
 ベーカリーをあとにしたとたん、ジェシーの頭からは、ダンスのこともベニーのことも双子のルールのことも、とんでいった。
「びーざまん」用のデニッシュが入った袋をかかえたレイニーは、家へ歩いて帰るとちゅう、その茶色い袋の中をそっとのぞきこんだ。アップルパイからただようスパイスのきいたあまい香りに、くらくらしそうだった。
 ひとつくらい食べちゃっても、「びーざまん」は気にしないんじゃないかな……?
 ジェシーが、レイニーのあごをきゅっとつかんだ。「何考えてるか、わかるんだからね。だめだよ」レイニーは、ぷうっとほおをふくらませ、袋の口を折りたたんだ。
 ジェシーとレイニーが家につくと、イーサとハイアシンスとオリバーが、キッチンで待っていた。
「急いで! お母さんとお父さんには、ホテルのルームサービスみたいに朝食をベッドに持っていってあげるからっていって、二階に上がってもらったの。すごく喜んで、何もきいてこなかった!」イーサは興奮したように、ほおをほてらせている。
 ハイアシンスは、ビーダマンの朝食に使うために、自分のとっておきのトレーとお茶のセットを出してきていた。トレーは少し色あせてはいたけれど、大きな虹の上にハープをかかえたかわいらしい天使が三人飛んでいる絵が真ん中にあって、今でもきれいだった。磁器のティーポットは二カ所しか欠けていない。ハイアシンスはさらに、赤と白のチェックの布切れをたたんで、ナプキン代わりにトレーのはしにのせていた。
 子どもたちは、朝早くお父さんがいれたコーヒーの残りを、コーヒーポットからティーポットにうつした。オリバーが気前よくスプーン山盛り三杯の砂糖を放りこみ、イーサがミルクを足した。ジェシーがかきまぜたあと、イーサがそのティーポットをトレーにのせた。ハイアシンスは、レイニーから袋を受け取って、デニッシュを三つ取り出し、きれいにならべた。
 子どもたちが知るかぎり、ビーダマンはベッドで朝食を食べる楽しさを味わったことがないはずだった。オリバーのこの作戦は、大成功まちがいなし。きっとビーダマンの気持ちを変えられる、とみんなが思ったのだった。
「さあ、行こうか?」ジェシーがレイニーにきいた。
「行こう、行こう!」レイニーははしゃいでいる。
 子どもたちは階段を上がり、お母さんとお父さんの寝室の前をそっと通りすぎて、エントランスホールに出る扉を開けた。
「気をつけて」イーサがささやいた。
「がんばれ」オリバーもささやいた。
 ハイアシンスは何もいわず、心配そうにくちびるをかんでいる。トレーを持ったジェシーが、レイニーと階段をのぼっていくのを、残る三人で見守った。
 二階はバンダビーカー家の洗濯石けんや古い本、ダブルチョコとピーカンナッツのクッキーのにおいでいっぱいだけれど、三階に上がると、ジョージーさんのオールドローズの香水の香りに変わる。四階へ上がる階段は、一段一段がきしむうえ、空気もかびくさくてむっとした。この建物が、これより上には来るな、といっているかのようだった。
 ジェシーはノックをする前に落ち着こうと、大きく息をすった。と、そのとき、レイニーが両手のこぶしでドアをたたいてしまった。
「レイニー!」ジェシーは、トレーがかたむかないように気をつけながら、またドアをたたこうとしたレイニーを止めた。でも、ティーポットはガタガタゆれ、トレーのはしへすべっていった。片ひざを上げ、トレーの下がった側を支えようとしたら、上げすぎてしまった。
「やだ!」ジェシーは思わずさけんだ。ティーポットがトレーの反対側へすべっていき、はしからとび出し、床に落ちて粉々になった。つづけて、デニッシュが三つとも落ちた。
「もう、もう、もう!」
 ジェシーは、ドアをちらっと見やった。同心円がいくつも重なっているようなのぞき穴がある。その真ん中の真っ黒だった円が、ふいに、まばたきをしたように見えた。
「いやあ、もう!」今度の声は、かなり大きくなってしまった。ジェシーはレイニーをさっとだき上げ、階段をかけおりた。だいなしになった朝食を、ドアの前にほったらかしにしたまま……。

 イーサとハイアシンスとオリバーが、二階のホールで待っていると、ジェシーの大声につづいて、ガシャーン! という大きな音が聞こえた。
 まもなく、ジェシーとレイニーがすさまじい勢いで階段をおりてきた。ジェシーのおびえた顔を見たイーサは、何もきかずに、すぐに家の扉を開けた。五人は中にとびこみ、扉をバタンと閉めた。
 ジェシーは廊下の壁によりかかり、あえぎあえぎいった。「完全に……失敗……」
「シーッ!」イーサがお母さんとお父さんの寝室を指さした。子どもたちはつま先だってイーサとジェシーの部屋に入り、ドアを閉めた。
 ドアが閉まるなり、イーサはきいた。「何があったの?」
 ジェシーは、すっかりとりみだしていた。「トレーをかたむけて、ぜんぶ落っことしちゃった。ごめんね、ハイアシンス。あんたのティーポットを割っちゃった」
 ハイアシンスは目を見開いて、ジェシーをじっと見つめた。ジェシーはまくしたてた。
「パンもなにもかも、ぜんぶ落ちちゃって、ドアを見たら、のぞき穴の向こうで、すごくこわい目がまばたきするのが見えたんだ。なんだか、呪いを千個くらいかけられたみたいな気がして、わけがわからなくなっちゃった。にげたりしないで、ちゃんと片づけるか、説明するかすればよかったんだよね! ごめんなさい、わたし、しくじっちゃった」
「だいじょうぶ、だいじょうぶよ。わたしが片づけてくるから、気にしないで」イーサがジェシーをだきよせた。
「わたしも手伝う」と、ハイアシンス。
「ぼくも行ってもいいよ」オリバーもいった。
 ショックを受けているジェシーにチーズクロワッサンを食べさせてなぐさめる役をレイニーにまかせると、イーサとハイアシンスとオリバーは、掃除用具とゴミ袋を持って階段を上がった。
 ハイアシンスは、ぼろぼろ泣きながら、大のお気に入りだったティーポットのかけらを拾ってゴミ袋に入れた。オリバーは、コーヒーでびしょびしょになった床をペーパータオルでふきながら、ふやけてだめになったデニッシュがもったいないとくやしがった。最後にイーサが、床がべたつかないように、モップで水ぶきをした。のぞき穴の方は見ないよう、気をつけた。
 三人はこそこそと階段をおりていった。ビーダマン作戦のこの失敗は、とても痛い。三人ともそう思った。

 イーサとオリバーとハイアシンスが四階で片づけをしているあいだに、ジェシーとレイニーはお父さんたちのところへクロワッサンを持っていった。
 レイニーはお父さんの横へまわり、ベッドにもぐりこんだ。お父さんは携帯をスクロールして作業票を確認していた。それは、お父さんにパソコンを直してほしい人たちが、どんなことでこまっているかを書いたものだということを、レイニーは知っている。たとえば、キーボードにコーヒーをこぼしてしまったとか、どのボタンを押しても画面が真っ暗なままだ、とかいった内容だ。
 ジェシーがお母さんの横に立つと、お母さんは自分の携帯から顔を上げた。不動産屋のサイトを見ていたところだったようだ。
「何かあった?」お母さんは携帯をサイドテーブルに置き、きいた。
 ジェシーは肩をすくめ、クロワッサンの袋をさし出した。
「話してごらんなさいな」お母さんは、ジェシーにベッドに腰をかけるよう、うながした。
 ジェシーは腰をおろした。「引っ越すって話、ぜんぶが、ほんとにいやなの」
 お母さんはうなずき、ジェシーの肩をだいた。「ここには、思い出が山ほどあるものね」お母さんは、壁を見やった。
 そこには、六年前、三歳だったオリバーが、みんなが目をはなしたすきに描いた家族の似顔絵があった。ピカソの作品みたいな出来のこの絵には、ひとつ、奇跡としか思えないことがある。
 オリバーは、変人の天才科学者みたいなもじゃもじゃ頭のジェシーと、いつもどおりまっすぐな髪をポニーテールにしたイーサ、両親、そして自分だけでなく、そのときは生まれていなかったハイアシンスとレイニーも描いていたのだ。
 お母さんはいった。「壁のこの部分を切りぬいて、次の家に持っていけたらいいのに」
「アーサーおじさんにたのめば、やってくれるんじゃない?」とジェシー。
「ビーダマンは……ビーダマンさん、は、ご自分の建物の壁に穴が空くのは、おいやだと思うわ」お母さんはじっと絵を見ていた。その目から涙がこぼれたのが見えて、ジェシーはぎょっとした。
「ああ、泣かないでよ、お母さん!」と、ジェシー。でも、本当は自分も泣きそうだった。
「だいじょうぶ、心配しないで。少し涙もろくなってるだけ」お母さんは涙をぬぐい、ジェシーに笑顔を作ってみせた。
 ジェシーは胸が苦しくなった。できることなら、一時間前にもどって、何もかもやり直したい。
 自分が落ち着いて品よくさし出したトレーを、ビーダマンがうれしそうな笑顔で受け取るようすを想像してみた。何年も冷凍食品しか食べていなかったのだから、焼きたてのパンを、さぞや喜んだことだろう。チーズクロワッサンをひと口食べて、目をぱっとかがやかせ、バンダビーカー一家は永遠に引っ越さなくていい、っていったはずだ……これが現実だったら、どんなに良かったか。
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 子どもたちの作戦、今後の展開はいかに? 双子のジェシーとイーサ、パン屋のベニーとの関係は? ぜひ、こちらでお楽しみください!

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