上手に生きようとしなくていいよ/『おもちゃ屋のねこ』/文:編集部 高尾 健士
『おもちゃ屋のねこ』は、1匹のねこと不思議な木箱をめぐって、女の子とその周りの優しい人たちの交流を描いた、心あたたまる物語です。
小学生4年生くらいのハティは、学校の帰りに大おじさんテオの経営する小さなおもちゃ屋さんに寄り、お母さんが仕事を終えて迎えにくるまでのあいだ、店を手伝っています。
ある夏のお昼どき、ハティが店に着くと、1匹のねこがショーウィンドウのおもちゃの並ぶ棚の上で丸くなり、眠っていました。体の色は、深みのある茶色と黒。毛は、つやつやしています。目をさましたねこの目の色は、明るいあざやかな緑色で、ハティはすぐに、賢そうなねこだと思います。
テオおじさんは店の入り口のドアに張り紙をしてねこの飼い主を探しましたが、飼い主は現れず、迷子のねこは店に居ついてしまいました。人の足のあいだをくるり、くるりとまわるので、ハティはそのねこに「クルリン」と名付けます。
クルリンがやってきた日から、通りを歩く人たちが、店の前で足をとめてショーウィンドウにいるクルリンを見るようになり、店に入ってきたお客さんは、クルリンが転がして遊ぶ大きなビー玉やクルリンのそばにあるおもちゃをよく買ってくれるようになりました。
一方で、あやしげな老夫婦が何度もお店を訪れるようになりました。女の人は晴れているのにレインコート、男の人は夏なのにオーバーコートを着ていて、店のおもちゃを長いあいだ見てまわり、結局何ひとつ買わないで帰っていくのです。また、店にはテオおじさんが見たことのない小さな木箱が次々に見つかるようになって…。
この物語の魅力は、テオおじさんの店に幸運を運んできたクルリンと綺麗な木箱ですが、わたしが気に入っているのは、生きるのが少し下手だけれど心優しい大人たちが描かれていることです。テオおじさんは真面目に仕事をしていますが、おもちゃが買えない子どもには思わずタダであげてしまいそうになるお人好しで、店のおもちゃが売れなくてもあまり気になりません。あやしげな老夫婦も、事情がわかれば良い人たちなのですが、この夫婦が実際に社会にいたら、きっと変な人に見られてしまうでしょう。
競争がはげしい現代の社会のなかにも、彼らのような大人たちはたくさんいますし、効率よくタスクをこなすことが求められる今の子どもたちにとって、生きるのが下手な優しい大人たちと本の中で出会えることは、小さな財産ではないでしょうか。
人生が、この物語のようにうまく進むことはあまりないかもしれません。でも、生きるのが下手な人にも居場所がある、お互いを認め合える寛容な社会であってほしいと思いますし、今生きづらさを感じている子どもがいたら、上手に生きようとしなくていいよ、大丈夫、と伝えたいです。
読者の子どもたちが、ありのままの自分を肯定し、安心して過ごせますように。
ぜひ一度本を手にとってみてはいかがでしょうか。
(文:編集部 高尾 健士)
『おもちゃ屋のねこ』
リンダ・ニューベリー 作
田中 薫子 訳
くらはし れい 絵
初版 2022年
徳間書店 刊
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年7月/8月号より)