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「言葉の違いを超えて、誰もが参加したくなる」/谷川晃一

 1と2だけで かずあそびしよう
 1はウラパン 2はオコサ

 とはじまる絵本『ウラパン・オコサ』(童心社・1999年)。ウラパンって何語?1と2だけで数を数えられるの?そんな疑問も吹っ飛んで、韓国やベトナム、もちろん、日本国内での絵本講座でも大歓迎、とりわけ、子どもたちには「算数」ではなく、楽しい数あそびとして愛されています。言葉が異なっていても通じるこの絵本は、最初の見開きで二進法の理屈を理解し、誰でもすぐに参加できます。「ライオンは1とうだから…?」「ウラパン」の大合唱。大団円は、いっぱい集まってきた犬たちを数える場面。「ウラパン、ウラパン、ウラパン…ウラパン?いや、オコサ!?」意見は分かれ、大爆笑です。

 作者は谷川晃一(1938〜2024年)。1970年代末には、「日常における事物に、『道具』のような実用的必要性と『芸術作品』のような精神的必要性」を共に見出そうとする」《アール・ポップ》を提唱し、戦後の美術をけん引してきた画家、造形作家、美術評論家です。

 谷川は、東京浜町、江戸の風情が色濃く残る街に生まれました。父方の祖父は、日本に靴職人が居なかった当時、横浜からサンフランシスコに渡り、靴づくりを学んだと言いますから、物づくりの血は受け継がれたようです。

 子ども時代は戦争の只中で、日増しに空襲が激しくなり、並んで一緒に釣りをした友だちが、昼ご飯の後で行ってみると機銃掃射で死んでいた――そんな死と隣り合わせの日々に、たくさんの死を見て生きていました。ですから、迎えた敗戦は安堵感が大きかったと言いますが、そこからは空腹との闘いがはじまります。戦中派の御多分にもれず、進駐軍のアメリカ兵士に「ギブミー」を連呼する少年は、中身のキャンディーやガムだけでなく、包み紙の美しさに心惹かれたと言います。

 アートに開眼した少年には、幼いながらも「絵は教えてもらうものでも教えるものでもなく、内側から泉のように自然に湧きでてくるもの」という思いがあったとエッセイ『毒曜日のギャラリー』(リブロポート、1985年)にも書いています。それは生涯変わることはありませんでした。正規の美術教育は受けませんでしたが、谷川の近くには名だたる創作者たちがいて縁を結び、30代の頃には戦後日本の新しい美術潮流の中にいました。所謂、ポップアートとは一線を画し、「描きながら生きるんじゃなくて、生きながら描く」ことを大切に考え、その意味でも、暮らしながら描く中南米の画家やアフリカのプリミティブ・アートが好きなのだと言います。

 『ウラパン・オコサ』には、サル、ライオン、犬や鳥、ゾウや水牛、バナナや洋梨が登場しますが、簡略化された素朴な造型は、アフリカのアップリケや土人形を思わせ、何とも温かい親しみやすさがあります。

 読者を楽しませることを主眼に置いた谷川晃一の数々の絵本は、「アール・ポップ」の一つのように思えます。
 
『ウラパン・オコサ』
谷川晃一 作
初版 1999年
童心社 刊

文:竹迫祐子(たけさこ ゆうこ)
いわさきちひろ記念事業団理事。同学芸員。これまでに、学芸員として数多くの館内外の展覧会企画を担当。財団では、絵本文化支援事業を担い、欧米のほか、韓国、中国、台湾、ベトナム等、アジアの国々での国際交流を展開。絵本画家いわさきちひろの紹介・普及、絵本文化の育成支援の活動を担う。著書に、『ちひろの昭和』『初山滋:永遠のモダニスト』(ともに河出書房新社)、『ちひろを訪ねる旅』(新日本出版社)などがある。

(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年5月/6月号より)


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