「生きる営みの美しさを描く」/シドニー・スミス
扉をめくると、見開きいっぱいに6コマの絵。ノートや服が散らかる床、恐竜のフィギュア、おもちゃの木馬、窓辺のレーシングカー、そして、鏡に映った少年の小さな後ろ姿と、クローズアップされた少年の眼。唐突に始まるこの場面に、瞬時に心を掴まれ、同時に、少し緊張します。頁が進むにしたがって、少年には吃音があり、この日は一段と憂鬱な朝を迎えたことがわかってきます。学校では毎日、「世界で一番素敵な場所」について話すことになっていて、この日は少年が話す番。けれど、やはりみんなの前ではうまく話すことができず、級友の目が少年には鋭く突き刺さるようです。
絵本『ぼくは川のように話す』は、カナダの詩人ジョーダン・スコットの自伝的物語。そして、繊細な少年の内面を見事に絵に描いたのは、2024年の国際アンデルセン賞画家賞を受賞したシドニー・スミスです。2023年9月に板橋区立美術館の招きで来日し、JBBY(日本国際児童図書評議会)でも講演しました。
1978年、カナダのノバスコシア生まれ。小さい頃は、昏睡患者になるひとり遊びを思いついたり、エドワード・ゴーリーの絵本やマザー・グースなど、ちょっと怖いグロテスクな話が好きな子どもだったと言います。彼は、子どもは「複雑な気持ち」を持っていて、「絵本は、そうした様々な感情を安心して味わうことができる」ものであり、「子どもは絵本を見ながら、複雑で多様な感情の地図を作っている」と語ります。
はじめて絵本を手掛けたのは、地元の美術大学で学んでいた頃。周囲の学生の多くが前衛的なコンセプチュアル・アートを手掛けていたなか、彼は、男の子が旅する物語を5場面のリノカット版画で描きました。特定の画風に縛られることなく、それぞれの物語に最も適した描き方を選ぶというスミスですが、この『ぼくは川のように話す』では、輪郭線を描かず水彩絵具の色のにじみを多用し、少年の内面を描きました。また、傷ついた心を表すために、描いた少年の顔の画面を削るスクラッチングといった表現も試みています。
絶妙な場面作りと画面展開、そして、光の描写には、美大で学んだ映像表現が活きています。冒頭の6コマの絵も、読者の視線の移動を促し、あたかも映画を観ているよう。
絶望的な気分の少年を、放課後、父親は川に連れて行き語ります。「おまえは、川のように話しているんだ」と。泡立ち、渦巻き、波打ち、砕け…。見開きの画面いっぱいに描かれた少年の顔は、後ろから光が当たり、耳の産毛まで見えるようですが、その場面をさらに左右に開くと圧巻。横二倍の画面に広がる夕日にきらめく川面と、その中を行く少年の後ろ姿。この心象風景からは、少年の心が少し前に進んだことが読み取れます。
シドニー・スミスの絵は、穏やかな色の中にもダークな色合いを混在させ、光の傍らに闇を置き、人が生きゆく営みを、その困難を含めて美しいものとして捉え、伝えます。
『ぼくはかわのように話す』
ジョーダン・スコット 文
シドニー・スミス 絵
原田 勝 訳
初版 2021年
偕成社 刊
文:竹迫 祐子(たけさこ ゆうこ)
いわさきちひろ記念事業団理事。同学芸員。これまでに、学芸員として数多くの館内外の展覧会企画を担当。絵本画家いわさきちひろの紹介・普及、絵本文化の育成支援の活動を担う。著書に、『ちひろの昭和』『初山滋:永遠のモダニスト』(ともに河出書房新社)、『ちひろを訪ねる旅』(新日本出版社)などがある。
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年7月/8月号より)