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とき ありえ『のぞみとぞぞみちゃん』

この連載では、1980年代に話題になり、今は書店で手に入りにくくなっている作品を紹介していきます。

 もうすぐ小学校に入学する少女の、微妙に揺れ動く気持ちにしなやかに寄り添って、その不安と喜びを奇抜なシチュエイションで描き出したこの作品は、1989年度日本児童文学者協会新人賞を受賞して、その新鮮さが話題になりました。

 パパとママの「のぞみの星」だからと名前がつけられたのぞみちゃんですが、自分のことを「ぞぞみ」としか言えません。

 公園で遊んでいて、気が付くとあたりが薄暗くなっていました。あわてて家に帰ると、家には誰もいません。のぞみが居間をのぞくと、オカッパ頭の女の子が後ろ向きに座っています。女の子がパッとこちらを向くと、その顔はまるで鏡から抜け出してきたように、のぞみと瓜二つ。「あんた、だれ?」と、のぞみが聞くと、「わたし、ぞぞみよ」と女の子。のぞみは怖くなって、「おかあさーん」と泣きそうになって、叫びます。ところが、ぞぞみちゃんは平気でチョコレートを持ってきて一緒に食べようと言ったり、お人形さんごっこをしようと誘ったり、冷蔵庫から牛乳パックを持ってきて、のぞみと一緒に飲もうとしたり、鬼ごっこを始めたりと、勝手に決めてのぞみを巻き込みます。

 そこにお母さんがスーパーの紙袋を持って帰ってくると、ぞぞみちゃんの姿はどこかに消えていました。

 保育園で友だちとケンカしたのぞみが、一人で土だんごを作っていると、前回出会った時よりも背が高くなったぞぞみちゃんが現れます。ぞぞみちゃんが「もうすぐ学校だから、あんたなんかより、ずーっとおねえちゃんだよ」と言うと、のぞみも負けずに、「あたしだって、こんど、おねえちゃんになるんだから!」と言い返します。お母さんのおなかが大きくて、もうすぐ赤ちゃんが生まれるのです。「赤ちゃんが大きくなったら、おままごとや、お人形さんごっこしてあそぶんだから」とのぞみが言うと、ぞぞみちゃんは、「赤ちゃん、お人形ごっこ、しないよ。だって男の子だから」そして、「赤ちゃんなんて、うるさいだけ…。それに、赤ちゃんが生まれたら、おかあさん、今までの半分になっちゃうんだからね」と意地悪を言います。

 しばらくして赤ちゃんが生まれると、ぞぞみちゃんが言ったとおりに男の子で、お母さんは半分にはならなかったけれど、赤ちゃんにかかりきり。でも、やっぱり赤ちゃんはかわいいと、のぞみは思うのです。

 田舎のおばあちゃんの家でカラスアゲハを捕まえそこねた後、アリの頭と胴と尻をちぎり取ったとき、「いけないんだ! ウッハァに、いってやるから」とぞぞみちゃんの声。まるで意味不明のウッハァのバチが当たったかのように、のぞみは水ぼうそうにかかってしまいます。

 のぞみとぞぞみちゃんの不思議なやり取りを通して、幼児期から学齢期へ、心身ともに著しくメタモルフォーゼする時期の、少女の気持ちを鮮やかに映し出した、通過儀礼的な幼年童話の傑作です。


『のぞみとぞぞみちゃん』
とき ありえ 
初版 1988年
理論社 刊

文:野上 暁(のがみ あきら)
1943年生まれ。児童文学研究家。東京純心大学現代文化学部こども文化学科客員教授。日本ペンクラブ常務理事。著書に『子ども文化の現代史〜遊び・メディア・サブカルチャーの奔流』(大月書店)、『小学館の学年誌と児童書』(論創社)などがある。

(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年7月/8月号より)


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