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「絵本と子育ての記憶」/『あきちゃった!』『ちいさなあなたへ』/文:相良 倫子

 子どもの本が好きで絵本や児童書には絶えず触れてきましたが、こと絵本に関しては、娘ふたりが生まれてからの十数年間、なつかしい絵本との再会はもちろん、新たな絵本との出合いがたくさんありました。

 長女が小学校に入学したのを機に始めた読み聞かせボランティアでは、次女が卒業するまでの8年間で100冊以上の作品を取りあげましたが、その中で、特に印象に残っているのが『あきちゃった!』(あすなろ書房)です。

 表紙には、丸や長四角など単純化されたフォルムの木が4本。それぞれの梢に、白いハトやカラスなどの鳥が一羽ずつとまっています。いちばん右にいる茶色い小鳥からは吹き出しが出ていて、その中にタイトルが入っています。

 さて、この茶色い小鳥、なにに「あきちゃった!」のかというと、それはなんと自分の鳴き声!年がら年じゅう「チュン」と鳴くのにうんざりし、さまざまな鳴き方にチャレンジすることを思い立ちます。そんな型破りな小鳥に、ご近所のカラスは目くじらを立て、白いハトはあきれ顔。ところがしばらくすると…?

 この絵本は、娘たちがそれぞれ1年生のときに各2クラスで4回読んだのですが、訳者のなかがわちひろさんオリジナルのオノマトペ(鳥の鳴き声)を読みあげるたびに爆笑の渦が巻き起こりました。

 パピプペポがふんだんに使われた鳴き声は、日本語を母語にしている私たちにとって、なんとなく間の抜けたおかしな音に聞こえます。また、すでになじみのあるオノマトペを巧みに織りまぜて特定のイメージを想起させる独特な鳴き声も盛りだくさん。例えば、「キョロキョロズリッパ!」などと聞いたときには、みんなそろって心の中でズリッとずっこけてしまうのです。日本語の豊かで奥深いオノマトペを存分に楽しめる、おすすめの1冊です。

 同じ訳者でもう1冊、子育て奮闘中に出合い、折に触れて読み返す絵本があります。娘たちが園児だった頃、夜寝る前の読み聞かせが日課でした。娘たちは、その背丈に合った低い本棚から、読んでもらいたい絵本を選びます。その際、「ママが泣いちゃう本」といいながら持ってくるのが『ちいさなあなたへ』(主婦の友社)でした。

 生まれた赤ちゃんが、子どもになり、思春期を経て、巣立ち、やがて母になって、老いる。それを絶妙な距離で見つめる母の思いが詩的な訳とともに描かれています。

 この絵本を読むたび、途中から声が震え、最後には涙が出たものです。そんな私を、まだ幼い娘たちは、不思議そうに見ていました。

 そんなふたりも、いつか母親となってこの絵本と再会するときが来るかもしれません。そして、そのときには、きっと私の涙の意味がわかるでしょう。

 まったく異なるテイストの2冊ですが、私にとって子育ての記憶と強く結びついている、忘れられない作品です。


『あきちゃった!』
アントワネット・ポーティス 作
なかがわ ちひろ 訳
初版 2014年
あすなろ書房 刊

『ちいさなあなたへ』
アリスン・マギー 文
ピーター・レイノルズ 絵
なかがわ ちひろ 訳
初版 2008年
主婦の友社 刊

文:相良 倫子(さがら みちこ)
国際基督教大学卒業。翻訳家。訳書に『犬を飼ったら、大さわぎ!(1)トイプードルのプリンセス?』『犬を飼ったら、大さわぎ!(2)トラブルメーカーのブルドッグ?』『飛べないハトを見つけた日から』「オリガミ・ヨーダの事件簿」シリーズ(いずれも徳間書店)などがある。

(徳間書店児童書編集部機関紙「子どもの本だより」2024年9/10月号より)

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