日常の崩壊

「悪性腫瘍。俗に言う、ガンだと思われます。」

その一言で頭が真っ白になると同時に、砂像が波に崩れ溶けていくような感じがした。その瞬間から、これまでの日常が当たり前ではなくなった。


2023年4月8日土曜日。私は、自宅から車で10分程度の場所にある町のクリニックにいた。なぜなら、体調が優れないことと、体に違和感を感じていたから。
クリニックの先生は診察室で優しく迎えてくださり、「とりあえず、エコーを撮ってみましょう。」と案内してくれた。私はパラダイムシフトが後に待ち受けることを知らずに、「体調優れないけど、痛くないし大したことないだろう!」と足取り軽くエコー室に移動した。

先生がエコーを当てている間、どんな病気が考えられるのかを聞いてみた。初めて聞く病名ばかりがいくつか出てきたが、どれも大きな治療にはならないとのことで、安心していたのも束の間、先生の顔が徐々に曇っていく。

「何枚か写真を撮りますね。」
その一言を残して、先生は無言でエコーのシャッターを切っていく。
それまでは暖かく感じていたエコー室が寒く暗く感じるようになり、それからの時間は3分程度だった思うが、30分にも感じるほど緊張感のある空間となった。

「待合室でお待ちください。」
そう外に出されると、頭の中は「何かまずいこととなった予感がする。」と灰色一色となった。
町のクリニックというだけあり、待合室は子どもとその親御さん方、シニアの方々など幅広い方々でごった返していたが、無音に感じるほど集中してGoogleの検索ボックスを弾いていた。「〜〜〜(現状) 最悪の場合」。
検索結果画面に表示されたのは、「ガン」だった。


「診察室にどうぞ。」
そう呼ばれて中に入ると、先生は神妙な面持ちで待っていた。
「落ち着いて聞いてください。エコー結果を見るに、悪性腫瘍。俗に言う、ガンだと思われます。紹介状を書きますので、大型の病院に週明け朝一行ってください。」

(ほら見ろ。最悪の事態になった。仕事がこれからってときに限って、こうなる。)
「まだ仕事が立て込んでいて、次の有給のタイミングでもいいですか?」と何も考えずに聞くと、「許諾しません。週明け朝一に絶対に行ってください。取り返しのつかない(死ぬ)こととなります。」
その返答を聞いた瞬間、空虚な気持ちというのか、傀儡的になるというのか、これまでの自分ではなくなってしまった。

クリニックから渡された大量の書類を持って出ると、マネージャーに月曜日に急遽病院に行くため休暇を取らざるを得なくなったことを伝え、月曜日の朝一から中核病院に行くこととした。家族にも共有したが、一番下の私がそうなることに皆動揺していた。

(こんなに普通に過ごしているのに、ガンなのか?何かの間違いじゃないか?精密検査をすれば、大したことないってことが分かるはずだ。いつもお医者さんは悲観シナリオばかり描く。)
誰よりも事態を受け止めきれていない自分がそこにいた。


月曜日朝一、中核病院に行き半日ぶっ通しで精密検査を受けた結果、血液検査の腫瘍マーカーはどの項目も基準値の数千倍の異常値を叩き出し、X線検査・CT検査には拳サイズの腫瘍が映し出されていた。
「早急に手術です。最短で木曜日なので、水曜日から入院してください。仕事も私用も全てキャンセルしてきてください。」
それからは、予定表は全て二重線で消され、残った白地にどんどん殴り書きで出来事が書かれていくような時間だった。火曜日は怒涛の勢いで仕事の引き継ぎや人事手続き、入院準備をこなし、私用のキャンセルの連絡を済ませた。

(本当に手術するのか?本当にガンなのか?)
まだ自分の中で消化しきれずにいたが、水曜日から入院し一日断食したのち、木曜日に全身麻酔で手術に臨んだ。
(そうこうしているうちに手術台の上だよ。まじでやんのかよ。)
当初は1時間半程度と言われていた手術は、3時間半かかった。それほどまでに腫瘍は大きく育ち、体を蝕み始めていた。

麻酔から意識が戻ると、手術室から病室に移動している最中だった。
(本当にやったのか。)

初めての全身麻酔の手術。切ったところが燃えるように痛かったが、(なんでこんなことになってんだよ!)まだ消化できていない自分が何もできないまま横たわっていた。

翌日の朝から歩行訓練をし、そのまた翌日には退院。
(取り急ぎ手術したけど、出したものは本当にガンなのか?)
取り出した悪性腫瘍の原発巣は、病理検査へと回され分析が進められていた。結果を聞くまで、今回のことを何事も信じられずにいた。

数日後、病理検査の結果が出たため、改めて病院に向かう。
検査の結果は、悪性度や進行スピード、転移可能性がどれも高いタイプのガン細胞が数種類入り混じっているハイブリッド型。おまけに、その中の1種は抗がん剤治療が効かないときた。

しかし、様々な検査結果を考慮した結果、手術後は経過観察となり、ガンと切っても切れない生活が始まることとなる。

続く・・・

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