掌に書いた文字
二十年近く昔の話。
中学の頃で、家庭科の時間。
授業のために家庭科室に行き、何かを待ってた。
先生だったか時間だったか。
黒板の前に並べられた椅子に座って、にわかにざわめきながら。
その時には、すでにあいつの事が気になってたんだと思う。
だからいつもさり気なくあいつの傍にいた。
待ってる間、友達との会話の中で『昨日のテレビの再放送見た?』と盛り上がっていたら「見た見た」とあいつが話に乗ってくる。
そして素早く私の手を取って、掌に文字を書き出した。
「こうやって、文字書いてコミニュケーションしてたんだよね」
言いながら指をスーッと動かして、私の顔を窺う。
いきなりの事にちょっとドキドキしたけれど、平気でそういう事をする奴だから舞い上がることはなかった。
動かされた指にくすぐったさを感じながら、掌に書かれた文字を読んでいく。
最初は物語と同じ文字を書いてるんだろうと思ったけれど、一画目から動きが違った。明らかに違った。
まるで違う動きに驚いてしまった私は混乱して、文字の動きを見失う。
だけど、落ち着いて集中すればその単語は明白に浮かび上がって……。
私は弾けるように顔を上げてしまった。
「え?」
僅かに見つめ合った視線を、あいつが逸らす。その顔がほんのり赤い。
面食らって固まる私にもう一度、あいつは同じ文字を書いた。
『すき』だ、と。