初日の出に、願う1
~幼馴染みのボクらの話 シリーズ 外伝~
「幸弥ぁ……」
人込みで賑わう神社で目を潤ませ、悲しそうにそう呼ぶ都はまるで幼い子供のようだ。
今日は一月一日。言うまでもなくお正月である。
『次の仕事までの間なら、時間があるから初詣にでも行くか? つか、俺が逢いたいんだけど、どうっすか?』
大みそかのライブを終えた後、空白時間が出来るから。
と珍しく、幸弥は意外な時間帯のデートを申し込んできた。
都の彼、田野端幸弥はインディーズバンドのベースとドラムを担当している。
知名度は高くないが、アングラなファンは多い。
二人はショッピングモールで出会った。
幸弥のバンドが『本日のイベント』の催事スペースで演奏を披露する事になり、そこに通りかかった都が興味を持った事で足を止め、ミニライブ観客と化した事がきっかけとなったのだ。
親しみやすく染み渡る覚えやすいメロディーと、良い人すぎる、優しすぎるそんな内容にすっかり胸を打たれてしまい、全ての演奏が終わる頃には都はすっかり心を射抜かれてしまった。
ライブ終わりには即売会が設けられ、都は新曲が収録されているというCDを買う。
CDの購入者には、サインと握手が出来るとの情報を目にしたからだ。
「初めて聞かせていただきましたが、とっても素敵でファンになってしまいました。これからも応援させてください!」
サインを施すボーカルにドキドキしながらそう伝えると「ありがとうございます」と優しく笑ってくれたので、すっかり嬉しくなってしまった。
握手をすると、そのまま休憩スペースに滑り込んで彼らの事を検索する。
それ以来“おっかけ”るようになり、常に彼らを見守ってきた。
その中でも、特に幸弥を。
当然、マナーを守って。
彼らの動向を追い、その目で見て、感想をSNSや手紙で送る。
何の変哲もない芸能人とファン――普通ならそれだけだ。何も進展なんか望めない関係。
しかし、天は彼らを結びつけた。
地方都市で開催される音楽フェスに出演する事が決まった幸弥が立ち寄り、そこに偶然都も家族と食事に来ていたのだ。
もちろん都はそんな事とは露知らず、食事を終えて手洗いに立ち、出てきたところで幸弥と肩をぶつけたのだ。
その際に落とした都の携帯を拾った際に、目にしたストラップが幸弥のロゴ入りの物だった。
「あ、ありがとう。俺のファンなんだ?」
突然現れた幸弥の、心からの笑顔に呆然と立ち尽くす。
目の前の光景が信じられなくて、つい思考が停止してしまったがはっと我に返って礼を述べる。
「あ、いえ! こちらこそ拾っていただいてありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げたその姿が何だか小動物みたいで可愛らしいなぁ。と思わず幸弥は頬を染めた。というのは幸弥の後日談であるが、差し出された携帯を受け取ろうとした都は、触れた指先の温もりに何かが弾けて、気が付けば衝動的に口を開いていた。
「あの私、松原都です!」
突然の少女の自己紹介に幸弥はとても驚き、同時にとても可笑しくなって吹き出した。
そんな彼を見て、都は自分の失態に気付く。
「やらかした!」
盛大に焦って叫んだ姿がツボとなり、幸弥が堪え切れずに大笑いして、結果二人は周囲のお客に冷たい視線を向けられた。
それに気づいて「すみません」と平謝りすると、注目が解除される。
そうしてほっと肩の力を抜くと、顔を見合わせて笑い合った。
それがきっかけとなって、以降ライブやイベントで都を見れば幸弥は笑顔を向けるようになり、密やかに交流をするようになって行った。
という経緯でめでたく恋人同士になった二人にとっての、これが三度目のデートになる。
それほど忙しくはないが、一般人とは違う時間軸を生きる彼とはなかなか思うようには会えなかったが、それでも二人は毎日電話やメールをし、都合を合わせてデートを重ねた。
幸か不幸か認知度が低いので、誰にも騒がれることはなかったが、それでも一応の対策はする。
インディーズとはいえ、熱心なファンはいるものだ。
幸弥からのデートの誘いは実に三カ月ぶりである。
喜び勇んだ都は、せっかくならと新調したばかりの着物を着て、うきうきと待ち合わせ場所へと向かった。