企業の生態学2.企業の内部構造
機能の階層構造
経営支援者から「経営計画と事業計画って違うんですか?」という質問を受けることがあります。経営計画は『経営』の計画ですし、事業計画は『事業』の計画です。経営と事業の違いがわからないと、このような質問になってしまいます。まずここを押さえておきましょう。
企業は『経営』『事業』『業務』という階層構造をもちます。たとえば、ある中小企業はGS3店舗と居酒屋P店と喫茶店Q店を営んでいたとしましょう。するとこの企業には、燃料販売事業と飲食店事業という2つの事業部門が存在(組織として存在するかどうかは別問題)し、各事業部門の中にはそれぞれの店舗運営が含まれることになります。
業務は、資材や商品の在庫管理・発注、製造・生産、営業・接客、出荷、販売、経理などを担当します。これらは基本的に、決められたルールや手順あるいは基準など所与の条件に基づいておこなわれる場合がほとんどですから、効率性が求められるのです。
事業は業務管理のほか、販路開拓(新規店舗、新たな販売方式の導入など)、商品開発、プロモーションなど、事業の業績拡大を図る役割を担当します。
経営は事業管理のほか、新規事業開発や事業撤退などの戦略決定、経営資源の調達管理(とくに資金の調達管理)が重要な役割です。
この簡単な構造から、重要な示唆を得ることができます。
顧客接点は業務レベルのみです。つまり売上も、生の顧客ニーズ収集も、業務レベルでしか発生しません。他方で、商品開発・販路開拓や新規事業などの意思決定するのは事業部門や経営部門です。この乖離をどのように埋めるのか、組織が大きくなればなるほど重要になってきます。
大企業では、それぞれの機能に専任の人が割り振られ、分業体制がとられます。店長、事業部長、社長などです。任命される人は、その役務にふさわしいスキルを期待され、また役務に必要な教育研修を受けます。企業規模が小さくなっていくと、経営者が経営と事業とを担当して、社員は業務という体制もよく見かけます。さらに小規模になっていくと、1つの経営に対して1事業のことが多く、それゆえ経営者自身が経営、事業、業務を兼任する体制も多いです。すると、経営、事業、業務の区別が曖昧になってしまいます。
すでに解説したように、『経営』『事業』『業務』では機能が異なりますから、当然、必要となるスキルも異なるのです。大手製造業の経営者が、腕のいい溶接工である必要はありません。それよりも経営者としてのスキルが要求されるのは当然です。では経営、事業、業務を兼任する小規模の経営者はすべて必要なスキルをもっているのでしょうか? たとえば、日本料理店で10年修業した後に、独立して居酒屋を営んでいる経営者を考えてみましょう。ポイントは、日本料理店で『何を修業』してきたかです。個別にはいろいろなことがあるでしょうが、多くは仕入れや調理など業務を修業したにすぎません。販路開拓やプロモーション、資金の借入や返済など、事業や経営に関する修業はしていないのがふつうです。ところが独立して自分の店をもてば、業務だけではなく、事業や経営もせざるを得ません。もちろん独立後に必死で経営を勉強された方もいるでしょう。しかし多くの小規模事業は、業務は詳しいけれど事業や経営は弱い、というのが実態です。そこに経営支援の必要性があるのです。
経営の内部環境
経営外部環境に比べて、経営内部環境を特定する研究はあまり進んでいないようです。次表は新進気鋭の中小企業診断士有志による研究成果です。
各項目それぞれは詳細に記述すると本一冊(たとえば財務分析や業務分析の手法はかなり以前より研究され書籍化されています)にもなりますので割愛しますが、いくつか重要なポイントを説明しておきましょう。
内部環境には、ヒト・モノ・カネといった把握しやすい(主として定量的)要素であるハードリソースと、顧客資産やコミュニケーションなど把握しづらい(主として定性的)要素であるソフトリソースとに分類されます。経済成長期にはハード資源で有利なことが勝利のカギでしたが、経済成熟期に入るとソフト資源がカギを握ることになりました。それはベンチャーや中小企業にもチャンスが巡ってきたことを意味します。ちなみに中小企業基本法における中小企業の定義は、資本金と従業員数とで規定されていますが、それはハード資源であることに注意してください。
人は『単純労働力』と『人材』という二つの側面からとらえられます。ここでいう単純労働力とは、指示されたことを間違えなく遂行することです。他方、人材というのは、みずから問題を発見して(ときとして周囲を説得して)解決行動できることです。わかりやすく表現すれば、自分で仕事をつくれることとなるでしょう。中小企業においては、もともと従業員数は多くありませんから、いかに人材化するかが重要となります。
ノウハウには形式知化されたもの(社内共有化された知識)と、暗黙知であるものの2種類があります。後者は人材に付随していることに注意してください。後者をいかに形式知化していくのかはナレッジマネジメント(という業務プロセス)の問題です。
効率は、特定の成果を得るために、ヒトやカネなどの投入資源を極小化する(つまり無駄がない)ことです。したがってルーティンワークには効率性という概念が当てはまりますが、効率性の世界から新しいことは創造できません。それゆえ新しいことを生み出すためには、適度な冗長性が必要になります。それが非公式プロセスや非公式コミュニケーションの重要性なのです。そして、そのような冗長性を許容するかどうかは企業文化が決めることです。(望ましい企業文化を育成するのも、経営の大切な機能です。)
戦略目標実現のための内部環境活用
前述したように、外部環境変化は事業にとってリスクや機会となりうるものでした。そこで変化への適応行動として戦略が策定されるのですが、その戦略目標を実現できるかどうかは企業内部にかかっているわけです。多岐にわたる経営資源をどのようにマネジメントして戦略目標実現に至るか。その手法を示したのは、R.S.キャプランとD.P.ノートンでした。(R.S.キャプラン、D.P.ノートン著、吉川武男[訳]『バランス スコアカード~新しい経営指標による企業変革~』生産性出版1997、同著、櫻井通晴[監訳]『キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード』東洋経済新報社2001)
詳細は前掲書に譲りますが、その骨子は、戦略目標に対して『財務』『顧客』『業務』『学習と成長』という4つの視点の課題を設定して、それらを構造化するというものです。(それぞれ設定される課題は1つとは限りません。) 次図は、そのイメージです。
BSC(バランスト・スコアカード)が意味しているのは次の2点です。
各課題は独立なものではなく、構造化されています。それゆえ課題解決には適切な順序が必要です。
各課題は、前提条件をみたしていなければ、解決策は有効に機能しません。前提条件をととのえるのが下段になります。
このようにBSCは、企業の経営資源にロジックを導入する役割を果たしていると言えましょう。