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第五回きくらげ歌会:テーマ詠「小鳥」感想

引用部分の短歌は全て第五回きくらげ歌会の詠草と歌会参加に際して用意したメモです。*それぞれに異なる作者がいますが、録音した音声を一定期間後に消去するためこの記事に著者名は記載をしません。

あなたへの熱が冷めないハチドリのわたしはいつも蜜をもとめて

 主体の「あなた」への愛情をハチドリに例えた一首、その不変さを「冷めない」「いつも」と形容し愛情を「蜜」に例えています。「いつも蜜を求めて」の表現が特に情熱的だなと感じます。有限の蜜を常に求めている様子からは愛情の持続を強く望んでいるようにも感じました。
 一見小柄でか弱く見える、羽ばたく宝石とも呼ばれるハチドリなのですが一説では体内の三割以上が筋肉で出来ています、ハチドリの生態からこの一首を考えてみるととてもパワフルな一首に思えてきます。

噛み合わぬ話をイスカ、人はする「分かり合える」と夢を見ながら

 イスカという鳥に対して人の分かり合えなさを訴えている・話しかけているような一首と読みました。
 イスカという鳥を知らなくて調べてみたのですが嘴が左右非対称で食物が摂りにくい鳥だそうです。何度か読んでいたのですが、主体は「分かり合えない」と述べたいのかそれとも「なんとか分かりたい」と思っているのかはたまた「分かり合えるはずがない」と言いたいのか。わからなくなってしまいました。「夢を見ながら」の部分が一首を複雑化しているように感じられます。主体の本意が分からないというか、本当はどう思っているのだろうと言うか、何度か考えても答えの出ない、元々存在しない主体にさえわかっていないような感じがします。

ねえポッポ、戦うことを好めない私みたいなあなたに決めた

 シンプルなのですがとても好きな一首です。主体が複数のポケモンの中から自身と共通する点を見出し、共感とともにパートナーとして選択をする瞬間を優しく強く歌った一首と読みました。
 私はこの「ポッポ」の生態を知っていたので読みながらタイムラグなく状況が理解できたので共感出来たのだろうと思います。ニンテンドーの大人気ゲームシリーズ『ポケットモンスター』は登場するいわゆる怪物をお供に少年少女が冒険を進めるゲームなのですが、その中でもポッポは決してレアではない、こんな言い方をして良いか悩みますが、どこにでもいるモブのようなモンスターです。特徴的な生態として「非常に温和」「戦いを好まない」そして「自分より弱いものであっても攻撃をしない」
 ポケットモンスターを知らない人だとピンとこないかもしれないのですが、他にもたくさんの華々しい相棒が(火を吹いたり草花を操ったり、キラキラしていたり)いる中でこのポケモンを選択する主体に感動します。
ポケットモンスターを知らない読者の感想に興味がある一首。

古本の付箋を開く春ならばそこに小鳥がいるはずだから

 一句〜三句までの頭をハ行で揃えていて本を紐解くような感じがします。春に主体が古本の中にはってあった付箋を取る様子と読みました。
 「春ならば」からは季節の巡りと新しい生活や何かの始まりを、「古本」からは過去からの時間の流れを感じます。想像ではありますがとても穏やかな時間の出来事ではないかなと感じます。
 「古本」と表現をしていることからこの本は元々主体が持っていた本ではなく、別の所有者から主体の元へ渡ってきた一冊なのだろうと考えました。そこに、これは明言されていないのですが、元々張ってあった付箋があったのではないか、それを「剥がす」ではなく本と同じように主体は「開き」ます。その様子は本の中にある元のオーナーが閉じ込めた感情や感動した瞬間を解き放つような瞬間なのではないかと感じます。

鳥籠は君を家族になしえずに
インコの羽根の色 嘘と空(から)

 主体が用意をした鳥籠はあなた(ペットとして迎えたインコのこと?)を家族に出来ず、その中にはただただ極彩色の羽だけが残っていると読みました。
 一字空けて破調で「インコの羽根の色」を置いている(置いているでいいのか?)がとても特徴的でそこに視点がフォーカスしてゆきます。その視線が破調の四句結句の後半部分「嘘と空」に至る時、空の色と残った羽の色との対比のような心象風景と嘘と虚無の共存ような感覚が脳内を襲います(襲いますは表現として良いだろうか?)
 一首の中には書かれていないことなので「あ、この人はそういう風に読んだのね」くらいで聞いて欲しいのですが私は鳥籠を物質としてだけではなく、形式としての「家」「家族」の比喩と考えて読みました。
 このインコの羽根の色をみなさんがどう捉えたか聞きたいなと思います。

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