毎年ハロウィンになると思い出す悪魔のように恋をする彼。
「後輩が印刷できない子で一枚に四コマ漫画みたいに資料を印刷しちゃうんだ」と彼は言った。
「そう、それはポンコツだね」
「ポンコツだけど放っておくと永遠に資料ができないし」
彼の家のソファでおしゃべりしながら、小瓶のシードルをちびりと口に含む。
金曜日の夜に飲むシードルは、疲れと眠気と解放の味。
「そういえば、俺と君は将来結婚しそうだって、あいつが言ってた」
いつだってあなたは急にぶっこむ。
悟られたくなくて「そう」とドライな大人の返事をする私。
内心嬉しくてたまらない私。
「まぁ、あいつの言うことは大体当たらないんだけど」
一瞬で私を天国から地獄に突き落とすあなた。
「そう・・・」とさっきより元気なく返事をする私。
あなたは私との将来を考えたりする?
って肝心なことはいつだって聞けない私。
土曜日の午後、落ち葉を踏みしめながら近所の公園を歩く。
日の光に照らされた私の髪を見て彼は「すごい紫」と言った。
「ワインレッドね」
「魔女みたいで嫌だ」
そう言った彼の横を小さい子供が駆け抜けて行った。
あなたの長い人生のウィッシュリストの中に「魔女と子供を作る」は入ってる?
もちろん今すぐじゃなくていい。
でも、もっとずーっと先、10ページくらいめくったその先に、
ひょっとして書いてくれてたりしない?
そんなことを考えながら、子供の後ろ姿を見ていた。
「さっき買ったポテトチップス、今食べる?」と彼は私に尋ねた。
私たちの思考は恐ろしいほど噛み合わない。
土曜日の夜、秋の夜長に彼のベッドでゴロゴロする。
外の世界はゾンビに侵されているかのように、部屋に二人きりのとても静かな夜だった。
電気を消して、小さなスマホの画面でひっつきながらYou-Tubeを見て、時々キスをする、至ってふつうの夜だった。
彼は自分の世界がある人だった。
私なんかが簡単に出入りできるような世界じゃなかった。
彼は私がとなりにいてもいつもどこか孤独で、私なんかじゃ満たせなかった。
それなのに体温の高い彼が私を満たすのは一瞬だった。
抱きしめられるとすべてを忘れた。
芸術的で、繊細で、男と男の子の間を戸惑いながら行ったり来たりしているような人だった。
彼はグラスの中の氷を口に含むと、私にキスをした。
そして、口移しで氷を渡してきた。
そんなことが嬉しくてたまらない私。
「この間、渋谷のハロウィンに行ってきたんだ」
と言って彼は私にスマホを渡した。
写真だった。
彼が知らない女の子たちと映っている写真を、彼の腕の中で眺めた。
女の子たちはハロウィンの仮装をしていて、彼だけが何てことのない普段着だった。
写真は何枚もあった。
スクロールするたびに、露出の激しいナースやら警官やら動物が出てきた。
内心かなり嫉妬しながら、でも嫉妬に狂った女だと思われたくなくて「ふーーーん」とか言いながら写真を眺めた。
写真の中の彼は少しはにかむような顔でこちらを見ている。
初対面の女の子と写真を撮るまでに至る彼の化け物のようなコミュニケーション能力が恐ろしかった。
同時に、彼の中性的な欠点のないビジュアルが女の子の警戒心を一瞬で解いてしまうのも想像に容易かった。
写真を何枚かスクロールした頃、ふいに彼が一人の女の子を指さして言った。
「この子が一番タイプだった」
その子はセクシーな悪魔の仮装をしていた。
色白でロングヘアで骨格ウェーブ。
明らかに私と同じ系統のビジュアルだった。
それだけですべてを許してしまう単純な私。
彼がねらって言ったのか、無意識にその子を選んだのかは分からない。
天然なんだかあざといんだか、冷たいんだかやさしいんだか、よく分からない曖昧な魅力で他人を翻弄するのが得意な人だった。
それでいて、どんなに渋谷で遊んでも結局この人は私のもとに帰ってくるんだと思わせてくれる不思議な人。
満たされる悦びは信じられないくらいくれるのに、満たす悦びは決して味わわせてくれない悪魔のような人。
どうしたらあなたの心を満たせるのか、最後までよく分からなかった。
秋の夜長にただくっついていただけのあの時間が、あなたにとっても私と同じ意味を持っているのか分からなかった。
触れていると安心するのに、一瞬で消えてしまいそうな不安がいつも脳裏をよぎった。
あなたは今ここに存在しているようでいて、どこにもいないようでもあった。
私はあなたの一言一句に一喜一憂して、あなたは私の一挙一動をあたたかく見守った。
あなたのキスはどこまでも熱くて、あなたが口移しでくれた氷は信じられないほど冷たかった。
それはまるであなたそのもののようで、私はあなたの腕の中で少し泣いた。
毎年ハロウィンが来ると思い出す。
そして、思う。
彼は本物の悪魔だったんじゃないかと。
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