展覧会「川本喜八郎+岡本忠成パペットアニメーショウ2020」
12月19日から、東京・京橋にある国立映画アーカイブ7階の展示室で上記、展覧会が始まります(来年3月28日まで)。チラシをよく見ていただくと、<企画協力>というところに株式会社WOWOWプラスと入っています。実はこの展覧会、ずいぶん前に国立映画アーカイブの方たちに「こういう展覧会をやりませんか?」と僕が持ちかけて、それがまさかまさかの本当に実現してしまったもので、展覧会のタイトルも僕が最初に企画書に書いていたままのものになりました。
そもそも川本喜八郎って、岡本忠成って誰だ? 「パペットアニメーショウ」って「パペットアニメーション」の誤植じゃないのか?と思われる方も少なくないでしょう。
企画書の冒頭に書いたお二人のプロフィール的な部分を以下にコピペしますね。
数々の人形アニメーション作品ほかNHK人形劇『三国志』で多くのファンを持つ川本喜八郎、おなじくNHK「みんなのうた」で大貫妙子の歌う『メトロポリタン美術館』、アグネス・チャンの歌う『ロバちょっとすねた』ほか、多彩な素材を使ったアニメーションで知られる岡本忠成。1960年代から独立系のアニメーション作家、監督として精力的に活動、いわゆるTVアニメとは別の世界を切り開いたこの二人は、2020年にそれぞれ没後10年、没後30年を迎える。「パペットアニメーショウ」は1970年代に2人が全国で行っていた自分たちのアニメーションの上映と人形劇を組み合わせたショーの名前。
1970年代後半のブーム以降、日本ですっかり定着し、今や世界中のクリエイターたち、スタジオにも影響を与えるようになった「アニメ」が市民権を得る以前から、日本には1960年代から個人作家や、独立系のプロダクションが生み出す「アニメーション」映画の文化がありました。久里洋二さんや古川タクさんなど今日でも活躍しておられる方もいらっしゃいます。川本さん、岡本さんも数多くの作品を生み出し(多くは短編です)、一般的な映画館ではなく、市民会館とか公民館のホールで開かれる自主的な上映会とか、学校の講堂とか、そういうところで人の目に触れて、静かに、しかし確実にファンを増やしてきました。そして上にもあるように、二人は一緒にショーを企画し、お互いを刺激しつつ、多くのお客さんを喜ばせたのです。
1980年代に音響機器メーカーだったパイオニアが生み出したレーザーディスクという映像記録メディアの誕生初期には、こうしたアニメーションを紹介する「アニメーション・アニメーション」という素晴らしいシリーズがあり、一番最初に出されたユーリー・ノルシュテインの作品集に続いて、お二人それぞれの作品集もリリースされました。そこで初めて作品に触れた方も少なくないと思います。その人たちも今はもう50代、60代でしょう。
かく言う僕は、大学を出て、まさにそのシリーズを出していたレーザーディスク株式会社(後にパイオニアLDCに改名)に就職し、わずかな機会ではありましたが、お二人ともお会いしたことがあります。前述の作品集は僕が会社に入る前に既に発売されていましたが、その後、その中の作品を分けてVHSとしてもリリースするということになり、その役を僕が担当していたのでした(実は岡本さんにはそれよりももっと前、多分、高校生か大学生の頃にもお会いしています。その頃からこういうアニメーションが好きだった僕は、山口県の田舎から、北九州で開かれた岡本さんの上映会にはせ参じたのでした)。
実は、お二人の没後10年と30年に当たる今年2020年の周年企画は、この展覧会だけではありません。今からもろもろ仕掛けて参りますので、来年にこぼれてはしまいますが、お二人の遺された傑作短編をいくつか選んで、90分ずつくらいのアンソロジーを編み、それを4Kデジタル修復して、来年、公開します。劇場は東京・渋谷のイメージフォーラム、配給はチャイルドフィルムさん、宣伝はプレイタイムさんにお願いしてまして、今からちょうど4年前の冬に公開したノルシュテインの2K修復版とまったく同じ布陣です。
そのノルシュテインの修復担当も僕だったのですが(自分で傷を消したりするわけではありません。そういうことをする専門の人たちにお願いするわけです)、全国での劇場公開にもかなりの人が入りましたし、Blu-rayやDVDのパッケージ・ソフトもよく売れました(いまだに売れ続けています)。その修復プロジェクトで何よりも良かったのは、上映やパッケージの盛り上がりでノルシュテインという作家の存在、素晴らしい作品の存在をこれまで知らなかった世代の人につなげられたこと。そして2Kとは言えノルシュテインの作品が美しいデジタルの映像になって、この先、どこの映画館にもかけられるし(もう日本にはフィルムがかかる映画館は数えるほどしかありません)、放送や配信にも使える。未来の人にもこれを見てもらえる、という安心を得られたことでした。
フィルムは時代と共に確実に劣化していきますし、今言ったように、フィルムのままで保存していても、もうそれをかけられる映画館もどんどん減っている。大手の映画会社も重要な作品からデジタル修復を始めていますが、それには大きなお金がかかります。個人作家や独立系のプロダクションが自分でやろうとしても収益化が難しいので(それは大手でも同じことではあるのですが)、なかなか手が出せる状況にはない。因みに、過去の日本映画で今4K修復版が出来ているのは大体100本ちょっとだと思います。去年〜今年と『寅さん』シリーズがドカッと4K化されたので一気に数が増えましたが、それでもそんなものです。その100本のうちのほとんどは東宝、松竹、大映(今はKADOKAWA)、日活といった大手映画会社の、山中貞夫、黒澤明、溝口健二、小津安二郎、川島雄三といった大監督の作品、あるいは市場のある程度見込めるアニメの名作映画です。最近、稲垣浩の『無法松の一生』(これは大映の映画で、坂東妻三郎主演の戦時中に作られた方のやつです)が4K修復され、そのことがNHKのニュースでも大きく取り上げられましたが、これにもマーティン・スコセッシが率いる映画保存・修復の財団ザ・フィルム・ファウンデーションの力添えがあったということを知って驚かれた方が多いようです。日本映画が、日本のお金だけでは修復できない。
いわゆる独立系の映画となると、4K化されている作品はとたんに少なくなり、思いつくのは松本俊夫監督の『薔薇の葬列』、手塚治虫さんの肝煎り、山本暎一監督のアニメーション映画『哀しみのベラドンナ』、伊丹十三監督の『タンポポ』くらいですが、今挙げた3本を4K修復してBlu-rayを出しているのも残念ながら日本の会社ではありません。『薔薇の葬列』はLAのシネリシャスという会社、『哀しみのベラドンナ』はそのシネリシャスから派生したアルベロスという会社(その2つを手掛けたのは、僕の友人でもある、俊成さんという日本出身の、まだ30代になったばかりの若者です)、『タンポポ』はNYにある、名作映画の修復とリリースをやるブランドとしては世界で最も信頼を集めているクライテリオン・コレクションという会社がやっています。海外に先にやられてしまう。なにか情けないですよね。
そんな状況もあって、ノルシュテインの仕事が一段落した僕の頭に「ロシアの作家のをやっといて、日本の作家のをやらないって法はないよなあ」という考えが浮かんできました。ちょうどその頃、川本喜八郎さんの会社、有限会社川本プロダクションの代表である福迫さんが、ノルシュテインの上映やパッケージ化の一連の動きを見ておられて、「一度会いたい」と連絡をくださいました。生前の川本さんとノルシュテインは来日するたびに親交を深め、川本さんのことを「チロー、チロー」と呼ぶような親しい間柄でありましたし、そのノルシュテインも参加した、川本さんが多くの作家たちを動員して完成させた連句アニメーション『冬の日』はうちの会社の別の部門が製作し、商品化していたという関係もありました。
かつて川本さんが仕事場にされていた代々木のアトリエをお訪ねしたのは実に30年近くぶり、2018年1月の、ものすごい大雪が降った日です。そのアトリエは丘の斜面、なんだかホビット庄のような場所に建っていて、細い道路に面した玄関の扉を開けると、いきなり下りの階段だけが目に入り、すべての部屋はその階段を降りたところにある、実に変わった構造の建物です(残念ながら現在は引き払われてしまったのですが)。そこで福迫さんは「なにか川本の作品を再び世に知らしめる手立てはないだろうか」とおっしゃられ、こちらも縁がないわけでなし、本棚の中に納まっている川本さんの遺品、彼が師匠と崇めるチェコの人形アニメーション作家イジィ・トルンカの『真夏の夜の夢』のパペット(ホンモノの、です)に目を奪われつつ「何か考えてみましょう」とお答えしたのでした。そういえば、若き日にチェコのトルンカを訪ねた川本さんは(1960年代に東欧に長期滞在するなんて、本当に大変だったと思うのですが……その当時のご苦労は「チェコ手紙&チェコ日記――人形アニメーションへの旅/魂を求めて」という本にまとまってます)、「君はなんで日本の題材で作品を作らないんだ」と言われて、文楽、能、狂言のエッセンスをアニメーションに展開したのですよね。ますます自分も日本の作品と向き合うべきだとも感じました。
川本さんの作品をどうにかするなら、岡本さんのもやらないと。僕の頭の中にはこのお二人はどうしてもセットで浮かんできます。不思議なことに、生まれた年は違いますが、お二人とも誕生日が同じ1月11日なのです。そして双方の生年、没年を確認していて、はたと気がつきました。その時から2年後の2020年に、川本さんはちょうど没後10年、岡本さんは没後30年になるじゃないか! これはもうそこで何かやるしかない。
そこから作品の修復だ、展覧会だ、出版物だと、考えられるだけの大風呂敷を広げて企画書を書き、業界の知人にもチラホラと声をかけ始め、じゃあ、2人の全作品(12時間分くらいあります)を4Kで修復したら一体いくらかかるんだ、とラボに見積りを取ったら天文学的な数字が返ってきたりして、じゃあどうしよう???なんてやっておりました。ところが、その年の夏に、自分がかれこれ13〜4年働いていたDVDの部署からの異動が決まり(よりにもよって、イタリアはボローニャで毎年開かれている「復元映画祭(Il Cinema Ritrovato)」に参加しているところにそれを知らせるメールが入ってきました。その映画祭では古い映画を修復した優秀なDVDやBlu-rayに賞を出していて、ノルシュテインのBlu-rayもノミネートされていたのです。残念ながら受賞はなりませんでしたが……)、このプロジェクトを進めるにしても多くの時間は別の仕事に従事しながら、という状態に突入してしまいました。
今年の初めごろでしたか、国立映画アーカイブの展示室のご担当から、以前、僕がダメ元で提案していた川本・岡本の展覧会の開催について前向きに考えてくださっていると連絡をいただき、となれば停滞させていた修復計画もいよいよ本格的に動かさねば、となったわけですが、そこに来て今度は新型コロナウィルスの流行です。配給、宣伝、映画館の方々とはZOOMで打ち合わせしつつも、コロナがこのまま続いたら、これらの作品を修復したとして、映画館で公開できるんだろうか、という不安もありました(今の今だってありますが)。
夏の間、国立映画アーカイブのスタッフの方たちと、何度か川本プロさん、岡本さんのエコー社さんをお訪ねし(こちらも岡本さんのお通夜に伺って以来のことですからまさに30年ぶりでした)、展覧会で展示するための資料(人形だったり、肉筆の原画や絵コンテだったり)を一緒に拝見していると、やはり心が躍ると言いますか、いいんですよね。どれも本当に魂のこもった素晴らしいもので、その度に、制作資料の展示ももちろん素晴らしいけれど、やはりこれらのプロセスの末に完成した作品の映像をきちんとした形で遺して、新しい世代に伝えねば、と思いを新たにしたものでした。そもそも、お二人の作品をそれなりに知っていて、覚えていて、なおかつ、それを修復したり公開できるような業種の会社にいて、それをやろうという人間が、この日本に自分以外に一人でも存在するか?と考えるわけですね。やろうと思えばやれる立場にいて、それをやらないのは怠慢であろうと。
そんなこんなで、秋ごろから、現実的にやれるとしたら、という線を考え直し、先に書いたように、全部の作品を一気に修復することは無理だけど、90分程度ずつのプログラムを組もう、となったわけです(今、まさに、どの作品にするかを選択している最中ですが、これが本当に楽しくも辛い作業なんです。各々の作家の魅力を余すところなく伝えるようなセレクションにしたいのはもちろんですが、なにしろ、どれも素晴らしく、ひとつひとつに違った魅力があるものですから)。4Kでの修復作業もノルシュテインの時と同じく、IMAGICA Lab.(旧IMAGICA)の精鋭スタッフにお願いする予定です。そもそも、お二人の作品の制作時、フィルムの現像は東洋現像所(それがIMAGICAの昔の名前です)で行われていたのですから、縁のあるラボです。
というわけで、やっとスタートラインに立ちました。年始には始まるであろう修復作業から来年の劇場公開まで(コロナが落ち着いてくれていることを願って止みません)、いろんなプロセスの話を逐次、ご報告出来たらと思っています。関東近郊にお住いの方は、ぜひ、会期中に、国立映画アーカイブの展示もご覧になってください。日本にこんなに素晴らしいアニメーション作家たちがいたんだ、ということをまずは知っていただいて、その作品群を素晴らしい映像と音響でお楽しみいただける日を心待ちにしていただければと思います。
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