フィットネス業界の『リアルとデジタル融合/ちょっと前とちょっと先』②
昨日投稿した記事(https://note.com/tokikoage/n/nd291cefe0a14)の続きです。*『Fitness Business』誌10月号の特集『リアルとデジタルの融合』で取り上げてくださったインタビュー記事の後半部分です。
●Sintex®認定トレーナーを中心にチームとしてオンラインレッスンを提供
オンラインLABOを作った理由は、既述したように、外出自粛要請期間中でも生活リズムを整え、コンディションを維持できるような場を作りたいという思いが最も大きかったという。この時点で『今までクラブで指導していたレッスンをオンラインで届けよう』という類の動機とは異なっている。
〝いまだ運動習慣のない人たち、自力では運動を継続できない大多数が何かのきっかけでフィットネスに関心を持ち、それを生活の中に自然に取り込むことで、予想以上の効果を実感し、やがて習慣化していく〟というビジョンが井上氏にはある。グループエクササイズ指導者がその職業的価値を高めていくには、上記のような世界観を明確にし、それを実現できる機会を自ら増やし、多数を相手に動機づけできる仕事をしているという自覚の元でレッスン指導をしていくことが重要である。オンラインコミュニティは、それを実現するのに最適な「場所」になると同氏は考えたのだろう。
またこの頃、いわゆるサブスク型でオンラインレッスンを配信する動きが多く見られるようになっていた。単発都度払い制から月額定額制に移行することで、提供プログラムや時間設定を多様化できる。更にはユーザーの定量・定性のデータを分析すれば、オンラインレッスンを好まれるターゲットやそのニーズをもう少し正確に把握できるのではないか、更にはそのことが既存顧客の満足度向上や新しい顧客創出に繋がるのではないかと考えたそうだ。
とはいえ、井上氏一人のレッスンをオンラインでLIVE配信するだけでは、その後の集客や多様性をもったコミュニティの広がりは難しくなるだろうと予測、やがて行き詰ることが容易に想像できたとのこと。
そこで、自身の労務負担を減らしながら、オンラインLABOのブランド力を高めるようなチームでのコミュニティづくりを目指すことにした。〝『調子がよい!』と感じる日を増やすコンディショニング〟をコンセプトに、指導力と集客力に優れた人柄のよいインストラクターやトレーナーに声をかけ、10人ほどの講師陣でチームを組み、1週間に約13本のレッスン配信をスタートさせた。
しかしながら初月は、わずか34名でのスタートだった。
井上氏は、もっと広く様々なユーザーが参加してくれると思っていたのだろうか?それとも参加者層は想定どおりだったのだろうか?
「もともとSintex®認定トレーナーからなるコミュニティがありましたので、そこから参加してくれる方が多いのではないかと思っていましたが、予想していたよりも少なかったですし、これまでリアルなレッスンに参加してくれていた一般愛好家の方々のお申し込みも予想以上に少なく、現実の厳しさを知りました(笑)。
後でわかったことなのですが、ご自宅のWi-Fi環境が整っていなかったり、エクササイズスペースの確保が難しかったり、パソコンやタブレットを所有していなかったり、そもそもオンラインへの苦手意識があったりなどの理由で尻込みされた方々も多かったようです。また、この頃は、将来に不安を感じているインストラクターも少なくなく、目的が明確ではないものへの出費を控える傾向が強いこともわかりました。
そこで、オンラインへの苦手意識を取り除くお手伝いをしたり、スマートフォンでも快適にオンラインレッスンを受講できるような環境設定法をお伝えしたりなどの〝+α〟のサービスを自ら積極的に行うことにしたのです。
インストラクターへの訴求力を高めるために、『家族の幸せ』『絆』『家時間を豊かに』など当時の販促ツールに多用していたふわっとしたキーワードを、『自らの価値を高めるために』『家時間を学びの時間に』『自分と顧客の〝今の痛み〟を取り除くために』といった、よりダイレクトなキーワードに切り替え、プロモーションを強化していきました。」
6月に月間クラス総数を増やしたのに伴い、月額料金を値上げしたが、これが「凶」と出たことからも学びを得たという。内容の質をおとさずにコストを下げる方法を考え、7月から月額料金を当初の金額に戻した。尚且つ、既述の+αサービスやインストラクター向けのプロモーションを強化したことにより、7月に入り新規申し込み者がぐんと増えた。それにより、事業を本格化していく決意を固めたと井上氏は語る。
●85%のユーザーが効果を実感
オンラインLABOを体験したユーザーからの評価は、どうなのか?
まず開設から1ヶ月後に実施したアンケートによると、「受講後、身体や日々の生活によい変化が現れましたか?」の問いに、「とても変化した」34.5%、「変化した」51.7%と、およそ85%ものユーザーが変化を実感していることが分かったという。
また、数ヶ月~半年続けているユーザーからのフィードバックにはどんなものがあったのだろうか?代表的な声をいくつか紹介しよう。
「骨盤、背骨の調律、筋トレ、ヨガ、ラテンダンス、お料理、ワークショップなど、本来の人生の楽しみ、健康に留意した数々のプログラム。それらが、すべて繋がっている見事なプログラム構成ですね。受講に感謝しつつも、構成のためのご苦労と配慮が心に響きます。オンラインだからこそ、我が家に居ながら心身ともに頑張り過ぎず、マイペースで、気楽にできています。なかなか身体も思いどおりに動きませんが、毎回、ワクワクして受けています。」
「私にとってアージュオンラインLABOは、かけがえのないものとなりました。『眠れる体づくり』の夢を見ることも度々。腰が重い時など、睡眠中にも無意識に骨盤を動かしている自分に気づき嬉しくなります。
井上トキ子先生や諸先生方の熱心なご指導のおかげで、脂肪過多の体が標準域に。(服薬中ではありますが)健康診断の血液データも全て正常値に戻り、LABOの成果を実感しています。毎日のウォーキングでも「みぞおちから足」「骨盤を動かしながら歩く」意識することで、姿勢よく颯爽と歩けるようになりました。」
「眠りの質が良くなり、睡眠時間が短くても日中眠くなることがなくなりました。昼間のアクティブ系のレッスンの後はスッキリして、たまっていた仕事を一気に片付けられて、デスクに向き合うよりも効率が上がりました。」
「肩関節の痛み軽減。股関節、肩関節の可動域が広がりました。体脂肪率が半年ぶりに低下、(過去5年間で)体重が最低値となり、気持ちもポジティブになり、自分にも、家族にも優しくなり、元気に過ごせるようになりました」。
『Sintex®』を軸に同プログラムと親和性の高いコンディショニング系クラスを多めに配置していることもあり、「寝ても疲れが取れない」「眠りの質が落ちている」「日中のコンディションが落ちている」「早起きできなくなり生活リズムが崩れてしまった」「首こりや腰痛や股関節痛などが悪化している」「フィットネスクラブでのレッスンに戻れずにいる」「心が疲れて不安感が増している」といった状態の生活者・勤労者に効果が期待できることから、特に、こうした心身の改善効果を実感しているユーザーが多いようだ。
集客のピークが朝7時台と晩の22時前後というのも、オンラインならではであろう。現在も変わらず人気のクラスは、早朝7時台の「女性ための美しい体づくり」「(股関節痛改善)体幹トレーニング」、「動ける体づくり(コンディショニング&ファンクショナルトレーニング)、午前中の「エアロビクス」、22時前後の「眠れる体づくり」「意識と体を変える筋トレ部」となっている。
●オンライン事業は順調に推移、課題はオンラインによる教育システムの構築
オペレーション上、講師陣の評価や新規採用は、どうしているのか?
「スタートした5月は、ほぼ全員のオンラインレッスンをホストしましたので、その際にコミュニケーションの取り方、特に『声と言葉』について気づいたことをアドバイスさせて頂きました」と、井上氏は語った。
リアルのレッスンとオンラインのレッスンでは気を付けるべき点が異なることも多いだろうし、各人の活躍フィールドでの顧客と違いオンラインLABOメンバーにはプロの指導者も多いため、講師陣にタイムリーに適切なフィードバックをすることは、指導の品質維持のために大事なことなのだろう。
「プロ意識の強い方々が多く、アドバイスしたポイントを次回レッスン時には修正してくれる方が殆どでした。それに対し、またタイムリーに称賛することも心掛けました」とも語っている。この間、Sintex®教育チームメンバーとその候補生に対して、複数回にわたり研修を実行し、Sintex®への理解を深め、指導力向上に繋げてもらう取り組みも功を奏したという。
その後LABOの集客が安定したこともあり、一部講師陣のレッスンフィの値上げとチーフコーチへのインセンティブを導入。また強化したいカテゴリーのクラスとそれを指導できる講師の担当数を増やし、新たなトレーナーを講師メンバーを随時加えている。LABOメンバーのニーズや講師陣のWi-Fi環境状況を考慮の上、講師の入れ替えやクラス内容の変更なども1ヶ月単位でスピーディに行っているという。オンラインLABOは、早朝や21時半以降の時間帯に集客のピークがあるため、その時間帯にレッスンを担当してもらえるよう常に井上氏自らが状況を説明し、協力を仰いだそうだ。
講師陣の選定においては、①身体能力、②動きを伝える表現力、③指導への熱意、④エクササイズへの熱意(Sintex®の本質、Sintex®認定トレーナー以外の講師陣には身体操作の原理原則の理解と体現力)、⑤ポジティブな動機づけ力の5要素で判断しているという。
これらが功を奏したのだろう。LABOの継続理由として、講師陣のレッスンクオリティの高さを挙げるメンバーが多いという点も運営の安定に繋がっていることは間違いない。
サイト自体の運用に関して、KPIなどを用いたマネジメントを行っているのだろうか?
「曜日時間帯別の利用動態は、確実にチェックしています。また、定着率と推奨入会率の2つの指標も重視しています。さらに、今後は、お客さま一人ひとりのアクティブ率などもチェックして、習慣化をサポートして、求める効果を確実に提供できるようにしていきたいと思っています」。こう、井上氏は答える。
時間帯別の利用者数では、現在は1クラス平均およそ25~30名だが、早朝や22時以降では50名前後になるクラスも少なくないという。今では、利用の傾向が把握できているので、午前11時~午後8時までの時間帯は、原則としてクラスを配置しないことにして、早朝と夜、土・日曜日を中心にクラスを配置している。
これからオンラインフィットネスを事業化しようとしているインストラクターや既に取り組んでいるインストラクターに向けて、サクセスフルな展開をしていくうえで最も重要と思えることは何か、訊いてみた。
「まずデジタルやオンラインで何を実現したいのか、将来ビジョンを明確にすることが大事だと思います。誰が・何によって・どのように喜ぶことが自分の望む世界なのか、それが本当にワクワクすることなのか(自分自身の心身が喜ぶレッスンを提供しているかも含む)、だからこそ実現させるために労力を惜しまずやり遂げられるのか、そうしたことが、自分のなかでしっかりと整理できていることが大事だと思います。
たまに相談を受けた際などに上記を質問するのですが、抽象的な表現で終わる方が多く、まずは上記を一つずつ明確にしていかれるとよいのでは?とアドバイスしています。
もし自分のもつリソースだけでそれが実現しにくいというのなら、誰と一緒にするのかなど、ビジョンを実現するために、今は持ち得ていないが必要なものは何かはっきりとさせることも大事でしょう。あとは、小さい規模でもいいので実際に始めてみることでしょうか。小さく始めて、何度も修正を重ねながら理想のカタチに整え、願わくば規模を大きくしていくことを目指す柔軟性と勇気が大事だと思っています。さらにスタートしたら、ユーザーからご意見をいただけるような仕組みづくりとコミュニケーションの働きかけに注力すること。失敗やクレームが転機になることは本当に多いですから」。
経営者としての視点から、こうアドバイスをおくる。
さらに、実際の運用に際しては、次のようにオンラインのメリットを活かすことを強調する。
「当社もまだきちんとカバーできているとは言いがたいのですが、インストラクター向けであれ、お客さま向けであれ、オンラインの恩恵というのは、場所を選ばずに、どこからでも参加できることにあると思います。この点に着目して活用されるといいと思います」。
このように語りながら、自社の課題についても触れ、次のように述べる。
「オンラインLABOには、本当に日本全国各地からご参加を頂いています。アメリカ在住の方も複数名いらっしゃいます。住んでいる場所で学びの質の格差が生まれることはなくなっていくのです。Wi-Fi環境と熱意の差が、技術と知識の差になっていく時代です。Wi-Fi環境を整えるための行動の源も熱意です。
弊社のようにエクササイズプログラムのライセンス事業が主力となっているところでは、オンラインを積極的に活用し、首都圏以外に住んでいる方々の熱意に応えるための地域格差のない教育整備と雇用機会の創を急ぐべきでしょう。Sintex®の場合には、全国のトレーナー意見を全員が回覧できるネット上のコミュニティは既にありますので、その場を有効活用しながら、現場での生の意見をプログラムのガイドライン改定にタイムリーに繋げていくことなどはすぐに着手できそうです。年に複数回の勉強会や、トレーナーミーティングもオンラインと併用することにより、機会の均一化と全体の質向上に繋げられそうです」。
最後に、アージュとしての今後の抱負を訊いた。
「オンラインLABOには、全国から参加者があり、物理的な距離を超えてお互いに親しくなれるので、講師がつなぎ手となってコミュニティをつくっていくことができたらなと思っています。このコミュニティのなかから、自立してビジネスをしていける認定インストラクターが出てくるといいなと思い、今、ビジネスについての講座も設けるなどして、応援しているところです。さらに、この先ではフィットネス以外の領域や海外からの参加者を増やしていくことにも挑んでいきたいと考えています」。
伝統とは、改善や革新の連続によりつくりあげられるのではないか。
アージュの展開するオンラインフィットネス事業は、まだ緒に就いたばかりだろうが、現場を熟知しているインストラクター兼女性経営者が取り組むオンラインフィットネス事業として、今後も改善や革新を繰り返していくに違いない。後に続く者たちの見本となるような存在となり、末永く多くのユーザーに愛されるサービスになっていくことを期待したい。
終わり。
2回にわたり、お読みいただき有難うございました。