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「宇宙ポリコレバスターズ!」第1話

星浦ルカは家出をして、編集プロダクションに就職した。
しかし職場は宇宙船の中。
新人ライターとして、文章の作法や宇宙の倫理に向き合うことになる。

あらすじ

 少女がスーツケースをガラガラと音を立てながら引いている。

 ロボットやAIが普及したこのご時世、人間が大きな荷物を持っているのは非常に珍しく、町を歩く人々は彼女の姿に自然と注目してしまう。

 少女も、好きで重いスーツケースを引っ張っているわけではない。バッテリーが切れてスーツケースが自律駆動しなくなったのだ。動かなくなってしまっては、バッテリーやモーターはただ余計なウェイトである。

 故障したのか、車輪がスムーズに回転してくれず、少し転がすのにも苦労してしまう。

 苦労して引っ張っている様子を見れば、「手伝おうか?」と誰かが声をかけそうなものだが、誰もかけなかったのには理由があった。

 彼女の髪がざんばらで、服も泥で汚れていたからだ。

 髪はきちんとカットされておらず、あちこち不揃いになっていて不格好になっている。しかし、顔立ちはよく、髪は艶のある黒髪で、上品さ、高貴さを持ち合わせていて、どこかアンバランスさがあり、非常に不自然だった。

 髪は自分でカットしたものだった。散髪用ではない普通のハサミで、鏡を見ずにざくざくと切ったのである。美容師が見たら卒倒してしまうだろう。

 服が汚れているのは、重いスーツケースを引っ張り歩いているうちに、何度も転んだせいだった。明らかに上等な服なのに、それに似つかわしくない泥やすり切れがあって、これもまた違和感を醸し出している。

 「なんかトラブルに巻き込まれたのか?」

「襲われたんじゃないよな……?」

「警察に通報したほうがいいんじゃないの?」

  彼女が小柄で子供っぽく見えるのも手伝い、町行く人々は遠巻きに見てそう言った。

 しかし、彼らが声をかけなかったのはそれだけではなかった。

 「観光客に対して、みだりに声をかけることを禁ずる」という法律があったからである。

 これは、観光客をだまして高額商品やサービスを買わせるトラブルが多発したから制定された法律であった。もともとは、不慣れな観光客に優しく手助けをするが、あとになって高額請求するという悪質な事件が問題になり、観光客を保護する目的で制定された。

 「自分でなんとかしてくれるといいんだけど……」

「巻き込まれたくないからなあ……」

  もちろん善意で観光客を助ける人も大勢いる。だが、詐欺まがいだと疑われて、罰せられた者が次々に現れてしまった。助けようとして罰せられるのでは割に合わないと、誰も観光客が困っていても声をかけなくなったのである。

 かつては、善きサマリア人の法、という言葉があった。善意で助けようとした場合、失敗しても責任を問わない、という考えである。たとえば、重病人を救護したが死亡してしまった事例。救護にあたった人は、人命を大切にしたいという思いで助けようとしたのだから、その素晴らしい心意気に免じて罪に問わないことにするのだ。だがこの法律によって、この言葉が死に絶えてしまった。

 今では、「触らぬ神に祟りなし」が一般的である。不幸や恨みがあって亡くなった人や動物は祟り神になることあるが、可哀想だからといって手を出すと、逆に自分が不幸になってしまうのだ。

 実際に、観光客を助けたほうも被害を受けるケースがあった。よくある荷物紛失事件で一緒になって探していたはずが、窃盗のグルなのではないか、と訴えられてしまった。囮で話しかける側と盗む側に分かれて窃盗に及ぶ事件も多いので、被害者は疑心暗鬼になってしまったのである。

 様々な人種、民族、言語、宗教などが入り交じった町では特に、面倒事に関わってはいけないと、銀河中の暗黙ルールになろうとしていた。

  しかし、汗水たらしながら苦労してスーツケースを引っ張っている少女にとって、それは好ましい事態でもあった。

 彼女はまさにトラブルの渦中にあったからである。

 家出。少女はスーツケース一つを持って、親や家族に黙って家を出てきてしまったのだ。

 ここで警察に通報されては家に連れ戻されるかもしれないから、あまり気にされても困る。見て見ぬふりをしてくれて助かっている。

 「はあ、はあ……。疲れたし、お腹も減った……。タクシー乗ろうかな……」

  財布に現金はわずかだったが、クレジットカードが入っていて、それを使えば問題なくタクシーに乗れるし、レストランで料理も食べられる。

 しかしそれは、親に居場所を知らせることになってしまうため、できる限り使いたくなかった。

 「ダメだダメだ……。また甘えてる……。自分の力で生きていこうと決めたのに、いざとなったら親のカードに頼ろうとしてるんだから……」

  親からの独立。彼女の家出の目的は、人に頼らず生きていくことであった。

 彼女は財布からクレジットカードを取り出し、渾身の力を込めてへし折った。

 ぱきっと小気味よい音が鳴り、不思議と勇気が湧いてくる。

 「これでよし!」

  決意はしたものの、すぐに後悔したくなる。

 目の前には階段。壊れたスーツケースを担いで登らないといけない。

 ここはインドの南にあるモルディブ。熱帯気候の島国で、年間通して30度前後の気温である。外で活動していると暑くて、すぐに汗だくになってしまう。階段を登る前から、体に熱がこもる感じがする。

 彼女がモルディブに来たのには理由があった。

 軌道エレベーターの地球港があり、すぐに宇宙に出られる場所であったからである。

 もともと海が綺麗なリゾート地だったが、軌道エレベーターができてからは、宇宙に行く観光客が大勢やってくるようになった。人工島に作られたホテルには、国民の10倍の人数を収容できる。

 軌道エレベーターとは、地上と宇宙にある人工衛星をつないだ、巨大なエレベーターである。人工衛星の宇宙港には、様々な惑星行きのシャトルが停泊していて、銀河の至るところに旅立つことができる。

 毎回地上からシャトルを飛ばし大気圏から宇宙空間に出るたび、大量の燃料を消費するのはもったいない、ならば宇宙につながるエレベーターを作ろう、という考えから生まれた。建築や維持に莫大な費用がかかるが、一日に何度も人や物資を大量に運搬できるメリットはあまりにも大きかった。

 利用客にしても、シャトルに比べて破格と言えるほど安く、気軽に宇宙に上がることができるようになった。完成した当初は地球港と宇宙港を往復するチケットがよく売れたものである。

 「まずはお金をなんとかしないと……」

  親に見つからないように宇宙を目指してやってきたわけだが、何か当てがわけではなかった。行き先も今日泊まる場所も決まっていない。

 「仕事だ。生きるために仕事を見つけなきゃ!」

  自分の力で決めたのだから、仕事をして自分のお金で生きていかねばいけない。仕事を見つける、稼いだお金で家賃を払う。これが当面の目標だった。


  軌道エレベーターの地球港にたどり着いた。

 本当は空港から地球港へは無料でシャトルバスが出ていて、すぐにいくことができた。しかし彼女は海を見たいと思ってしまい、ものすごく遠回りする羽目になってしまっていた。

 地球港についてすぐ、求人掲示板を確認する。

 見た目は子供っぽく見えるが、戸籍上はれっきとした大人である。仕事さえ見つかれば問題なく就職できる。

 地球港はいろんな人が集まっているため、仕事も多い。これから宇宙に出る人をターゲットに、様々な求人情報がデジタル掲示板に表示されている。

 端末を操作して、自分に合ったものを探していく。

 「うーん……。とりあえず、『住み込み』希望っと。業種、職種は……なんだろう……。あっ、できるだけ遠くの勤務地にしたいな」

  これまでに仕事をしたことがなく、自分に何ができるか分からなかった。どんな仕事でも頑張ろうとは思うが、親に見つからないよう、遠くに行きたいという希望はあった。

 期間や給料などの条件も入力していき、検索結果が徐々に狭まっていく。

 そして、その中に変わったものを見つける。

 「なにこれ……」

  見出しに「その冒険心で銀河に羽ばたこう!」と書いてあった。

 「羽ばたくって何? 何のお仕事?」

  記載内容を確認すると、「勤務地、宇宙船内。銀河のどこでも行きます」と書かれている。

 「乗組員ってことなのかな? 輸送船? あ、でも職種は『ライター募集。未経験可』って。船の中で何か書くのかな……? 航海日誌?」

  他には「やる気のある方」「宇宙旅の好きな方」と条件が書いてあるが、どんな仕事なのかまるで見当がつかなかった。

 「うーん……。悩んでもしょうがない。ここにしよう」

  怪しいとちょっとは思ったが、「その冒険心で銀河に羽ばたこう!」というフレーズが気に入っていた。

 アバウトで月並みなフレーズだが、今の自分にぴったりだと思ったのだ。勇気をもって前に踏み込む。あまりにも窮屈で息苦しかった世界を飛び出し、広大な銀河に旅立っていく。

 「ドキドキ不安に感じるのはまだ経験してないから!」

  こうして外界に出るのも、一人旅をするのも、仕事することも全部初めて。とりあえずやってみるしかないと、自分に言い聞かせる。

 人間が宇宙で活動するようになって200年が経ち、輸送船で勤務する人は多く、宇宙の旅は珍しいものではなくなっている。宇宙船に乗らず生涯を終える人はあまりいない。

 しかし、長期の宇宙船勤務はハードで、狭い船内は息苦しく、同じ人間に毎日顔を合わさなければいけない。そして宇宙空間では一歩間違えばすぐに死が待っている。そのため、宇宙船の仕事はもしものことを考えて、ある程度覚悟を決めなければいけない。

 だが、住み込みで遠くの星に行けるのは、彼女にとってこれ以上の条件はなかった。

 求人情報には電話番号も書いてあったが、彼女はスマホを持っていなかった。両親に居場所を追跡される可能性があったので、飛行機に乗る前に捨てていたのだ。

 所在地が「モルディブ宇宙港」とあったので、なけなしのお金を払って軌道エレベーターに乗って宇宙港に向かった。

 そこで宇宙港のスタッフに頼んで、電話をつないでもらう。

 船の名前はラクーアクアリー。社名はフリークエントリーという。

 「すみません、採用の件でお話をうかがいたいのですが」

「採用? ン……マジでっ!?」

  電話越しに絶叫され、耳が痛い。相手は若い女性のようだった。

 「すぐ来て! C32番ドックにいるから!」

  そう言われてすぐに電話を切られてしまう。

 「歓迎されてるってことかな……?」

  

 訳の分からないまま、彼女は言われた通り、C32番ドックに向かった。

 Cの番号は個人所有の艦船が停泊するドックである。Aは航宙会社の大型旅客船、Bは企業の大型輸送船のドックになっている。その他、軍や警察など特殊な番号も用意されていた。

 C32にはちょっと旧型の小型船が停泊していた。全長30メートルぐらいで、外洋を旅するには一番小さいサイズだ。

 運搬ロボが慌ただしく荷物を船に搬入している。

 少女は乗組員を探してきょろきょろする。

 そして、メガネをかけた若い女性がタブレット端末を持って、荷物をチェックしているのを見つけた。

 唾を飲み込んで思い切って声をかける。

 「あの、すみません。採用の件でうかがいました!」

「あっ、君かさっきの!」

  笑顔で歓迎してくれる雰囲気だったが、少女を見た途端、表情と手がぴたっと停止する。

 そして少女を凝視。そのいかにも訳ありそうな姿を見て逡巡しているようだった。やはり髪と服が気になるのだろう。

 少女は気まずさを感じ、ハラハラしてしまう。

 「こほん……。私は田中文乃。フリークエントリーの社長兼、この船の船長だよ」

  女性は気を取り直して姿勢を正し、ビジネスマンでいてフレンドリーに名乗る。

 社長というにはあまりにも若い。おそらく20代だろう。物腰は明るく柔らかだが、髪は短く活動的で、仕事ができる若手の女性社長らしさがある。

 メガネにこだわりがあるのだろうか。医療技術の発達で視力は簡単に調整できるようになったため、旧世紀よりもメガネをかける人が減った。もしかすると伊達メガネなのかもしれないが、落ち着いた様子や知的な雰囲気が出ていて、よく似合っていた。

 これを逃してはいけないと、少女は少しでも印象を良くしようと、明るくハキハキと言う。

 「星宮る……星浦ルカと申します! ずっと昔から宇宙がすごく好きで、宇宙でできるお仕事に就きたいなと考えていました。今日、ちょうど地球港の掲示板を見て応募させてもらいました!」

「ふーん、ちょうどねえ……」

  しかし文乃は怪訝そうな顔をする。

 宇宙につながるモルディブには何かしら問題を抱えている人が多い。地球にいられない事情があって宇宙に飛び立とうと、こうして仕事を探している。

 もちろん少女が名前を言い直したのも把握している。

 「何歳?」

「16です!」

「へえ、一応大人か」

  地球での成人は18歳とされていたが、宇宙に進出したときに成人年齢が引き下げられていた。

 理由の一つが異星人と足並みを揃えるためであった。地球人よりも幼いうちから一人前として活動する異星人が多く、地球基準だけで成人年齢を計ってはいけないと見直しがあったのである。

 また、人類が広大な宇宙に出たことで、様々な惑星開拓に人材が必要となり、労働力を補うために成人年齢を下げたという事情もあった。

 「うちがどういう仕事か知ってる?」

「すみません、あまりよく知りません……。でも、ライターのお仕事ですよね? やったことはないですが、やる気だけはあります! 教えていただければどんなことでも書けると思います!」

  働いたことのない自分に実績はない。やる気だけが自分のアドバンテージと、ガンガン主張する。そして若さだ。まだ何もないが、教えてくれればすぐに吸収することができる。

 「なるほどねー。まあ零細だし、変わった仕事してるし、知らなくても当たり前だから。それより、すぐ船出ちゃうけど、今から一緒に行ける?」

「今からですか?」

  少女はぽかんとしてしまう。

 このやりとりがすでに面接になっていて、もう合格が出たということなのだろうか。いや、そんなわけはないだろう。断るために無理なことを言っているのかもしれない。

 しかし少女にとってすぐに宇宙に旅立てるというのは、願ったり叶ったりである。

 「行けます! 行かせてください! どこまでも行きますから!」

  胸を張って自信満々に答える。

 「ふーむ」

  文乃は腕を組んで考え込む。さすがに人の採用となると即答はいかないのだろう。

 だが感触としては悪くなかったので、ルカの期待はどんどん膨らんでいった。

 

 「文乃、なにその子?」

  そこに船の格納庫から出てきたのは、エルフの女性だった。

 エルフ族は耳が長いのが特徴で、地球人よりも一回り背が高い。金髪碧眼の長身で、地球人の理想を具現化したような容姿とよく言われている。

 ファンタジー世界でよく登場するエルフと見た目やイメージが酷似しているため、太古に地球に移民していたという説がある。エルフが住む星にはオーク族もいて、最近まで戦争を続けていた。しかし、エルフやオークには外宇宙に出る科学技術はなく、酷似しているのは偶然の一致ということになっている。

 「可愛い! 地球の小学生? もしかして……文乃の隠し子!?」

  エルフの女性は歓喜の声を上げて、ルカの手を取る。

 ルカは突然、若い美人エルフに手を掴まれてドキドキしてしまう。エルフというのはそれだけ美形で、地球人に好かれる外見なのだ。

 「んなわけないでしょ」

  と言って、文乃がエルフの頭をはたいた。

 「面接に来た方」

「えー、そうなの?」

  エルフは急に興味をなくしたような声を出す。

 「星川ルカと言います! よろしくお願いします!」

  このエルフはどうやら船のクルー、つまり社員のようだった。ならば元気よく挨拶をしないといけない。

 しかし、相手の反応は悪かった。

 「小学生だか中学だか知らないけど、やめたほうがいいよ」

「えっ……」

  ルカは突然現れたエルフの女性に否定され、びっくりしてしまう。幼く思われるのは慣れているが、年齢を理由に断っているわけではなさそうだった。

 ここで引いたら、採用を勝ち取れないことはルカにも分かる。

 圧迫面接。面接者のいろんな反応を見るために、役割として優しい面接官と厳しい面接官がいる。きっとエルフは否定されたときの反応を試す立場なのだ。

 「小学生でも、中学生でもありません。これでも16歳で高校を卒業してます!」

「飛び級? 頭はいいのね。夢を追いかけようとして、親と喧嘩して家出ってところ? 捕まらないようにどこか宇宙に遠い宇宙に逃げようと思ってるだろうけど」

「う……」

  エルフに完全に言い当てられてしまう。

 「お嬢様がやりそうなことね。地球育ちなんでしょ? 宇宙を甘み見過ぎ。それに、仕事に家庭事情を持って来られても迷惑なんだけど」

  文乃とじゃれていたときの声とはまったく違うクールな言葉に、ルカは心を貫かれる。大きく開いた透き通った碧眼に、何でも見透かされていそうだった。

 だが至極正しい意見だった。悲しいけれどルカもそう思ってしまう。家出少女を雇うメリットなんてないのだ。

  「ちょっとビアンギ! 失礼だよ!」

  文乃がエルフを止めようとする。

 「あたしはこの子のためを思って言ってるのよ。どう考えても家出でしょ? さっさと家に帰って、ご両親に謝ったほうが人生棒に振らないで済むわ」

「うー……。やっぱりそうなの?」

  考えていることはビアンギと同じだったので、文乃はルカに直接問うことにした。

 ルカは小さく頷いてから、決意を込めて言った。

 「……そうですけど、覚悟はできています! 一人で生きていく決めて、家を出てきたんです! どうかここで働かせてください。他に行くところがないんです。お願いします!」

  そこに誇張も、無理もない。すべて真実だった。等身大のルカだった。

 「あなたはそれでいいかもしれないけど、迷惑かかるのはこっちよ? 親が捜索願いを出しているかもしれないし、雇ったあたしたちを誘拐で訴えてくれるかもしれない」

  ビアンギに追及されて返事に窮してしまう。

 まさに「触らぬ神に祟りなし」なのだ。可哀想だからといって助けたら、あとで大変なことになりかねない。

 ルカが成人しているから本人の意志は尊重されるべきだが、両親が誘拐されて脅迫されたと訴えてきたら、確実に面倒なことになってしまう。罰せられることはなくても、取り調べを受けて、仕事を中断しなければいけなくなったり、変な噂が流れたりするかもしれない。

 「まあまあ、落ち着いて落ち着いて」

  文乃は穏やかに進めようと、二人の間に割って入る。

 「ビアンギは反対ね。なら、ヴィオにも聞いてみようよ」

「え、ヴィオ……? まともなこと言わないと思うんだけど……」

  ビアンギは心底嫌そうな顔をする。

 「ヴィオにつないで」

  文乃が時計型端末に発すると、AIが通話をつなぎ、コールが始まる。

 しばらくして相手がコールに応じ、時計型端末の付近に立体スクリーンが現れる。

 スクリーンに東欧系の小柄な女性が映る。

 ブラウンのミドルヘアーにグレーの瞳。ビアンギはブロンドのロングでさらさらだったが、ヴィオと呼ばれた女性はお世辞にも、綺麗にトリートメントされているとは言えなかった。絵の具だろうか、顔もいろんな色がついて汚れている。

 ざんばら髪になってしまっているルカは、長身美女であるビアンギに気後れしていたが、ヴィオのようにオシャレに気を遣わない女性がいることにほっとしてしまう。

 「ヴィオ、ちょっといい」

「なに? 忙しいんだけど」

  ヴィオと呼ばれた女性はけだるそうな声で応える。

 「面接中なんだけど、この子、採用でいいよね?」

「オーケー」

  立体スクリーンが消失する。ヴィオはその一言を言っただけで、通信を切断してしまったのだ。

 「オッケーだって!」

   「あのねえ……。あの子にそんなこと相談してもしょうがないでしょ。それになにあの聞き方」

「まあまあ、ヴィオもれっきとした社員だし」

「それはそうだけど、私はみんなのために言ってるの。これで誰も得しないのよ」

  ルカは文乃とビアンギのやりとりを眺めていることしかできなかった。

 むしろ、トラブルを持ち込んでしまって申し訳ないと思ってしまう。ビアンギは意地悪で言っているのではなく、他の社員のため、そしてルカのためを思って発言しているからだ。

 「うん、ビアンギの気持ちは嬉しいよ。でも、わたしはこの子の話を聞いたときから、採用って決めてたんだ」

「え……」

「ほら、困ってるじゃない? あ、今面接でって話じゃないよ? たぶんこの子は本当に家出をしてきたんだと思う。それって本当に困ってるってことでしょ? なら助けてあげなくっちゃ」

「ああ、いつものね。じっちゃんが言ってたっていう……」

  ビアンギが呆れた顔で言う。

 「うん。この船をじっちゃんからもらったとき、じっちゃんのように困ってる人を助けようと決めてたから」

「はあ……。『情けは人のためならず』だっけ? 文乃はほんと馬鹿なんだから」

  ビアンギがため息を吐く。

 「いいよ。この子を採用しよう。人を見た目で判断するのはアレだし、私たちもあんたに助けられた口だしね」

「オッケー! ありがと、ビアンギ。そう言ってくれると思ったよ」

  文乃がビアンギの手を握りしめると、ビアンギは恥ずかしそうに頬を赤く染める。

 そして今度は、ルカに手を差し出した。

 「おめでとう。えっと……星浦ルカさん。君を採用します!」

「えっ、本当にいいんですかっ!?」

  もはや絶望的という状況から、社長である文乃の采配によって一転してしまった。

 どうしてかたくなであったビアンギが折れてくれなかったのか分からなかったが、ビアンギが文乃を信頼しているのは伝わってきた。

 「嫌なら断ってくれてもいいけど」

「いえ! どこまでもついて行きます! えっと……社長!」

「社長はいいよ……恥ずかしい。文乃って呼んで。ここではみんな下の名前で呼ぶことになってるから」

「はい! 文乃さんよろしくお願いします!」

「呼び捨てでいいけど、まあいっか」

「よろしく、ルカ」

  ビアンギがルカに握手を求めてくる。

 「よろしくお願いします、ビアンギさん」

  ルカをその手を取って答えた。

 「今日という日のことが、回り回ってみんなに幸福になりますように! よーし、発進するよ! 各員、出航準備!」

  文乃が号令をかける。

 情けは人のためならず。人に情けをかけておけば、回り回って自分の利益になること。大銀河時代に入って忘れられたことわざである。

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