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今村翔吾『じんかん』感想文

羽田椿です。

直木賞候補作『じんかん』の感想文を書きます。

現代的な装画を用いた装丁がかっこよくて、歴史小説好きが眉をひそめるような、新しい歴史エンタメ小説だったらいいなと思いつつ読みはじめました。

(注意)ここからネタバレしてます。

この作品は、歴史ものでは悪人として書かれがちな戦国武将、松永久秀が主人公です。

この人は、
①主家である三好家を乗っ取り、
②将軍足利義輝を滅ぼし、
③東大寺大仏殿を焼き払った
のが有名で、三つまとめて松永久秀の三悪行と呼ばれたりしています。

織田信長に仕えた後、二回謀反を起こし、二回目で滅ぼされています。このとき爆死したのも有名ですね。

この作品では松永久秀を、志と教養のあるイケメンとして描き、三悪と謀反の理由を明らかにすることを主眼のひとつとしています。

話は、織田信長のもとに小姓が、松永久秀の二回目の謀反を知らせにくるとこからはじまります。

信長は「降伏すれば赦す」と言って小姓を驚かせ、久秀から聞いたという、彼の生い立ちを語りはじめます。

全体は七章からなり、各章の頭に信長と小姓のやりとりが入ります。ここで、この章が久秀の何を語るものかをさりげなく提示するという形です。長編小説ではありますが、各章に起承転結があり、それが七つあるという感じで、メリハリがあって読みやすいです。

信長が久秀目線で語るという形なので、視点がひとりに固定されていて、そういう意味でも読みやすいですが、歴史ものをゴリゴリ読んでいる方には物足りないかもしれません。話の厚みやダイナミックさに欠けるという感じです。その分、松永久秀という人間を深く掘り下げて書くということなのかもしれません。

お話の前半は、十四歳の九兵衛(久秀)が追い剥ぎの仲間になるところから、三好長元と出会い、堺浪人衆の頭になるところまで。ここまですごくおもしろいです。ドラマチックだし、増えていく仲間も魅力的で、いい意味でマンガかアニメ的。『登場人物』ではなく『キャラ』といいたくなります。

九兵衛(久秀)が心酔する三好長元がかっこいいんですよ。この人が戦う目的というのが、武士を滅ぼし、民に政を執らせることなんです。でもそれは、最後は長元自身も滅ぼされないと成立しないわけですよ。だから長元は「最後は俺が俺を滅ぼす」って覚悟を決めてるんです。「全ての汚名は俺が引き受ける」って。そりゃ九兵衛も惚れますよ。(敵である細川高国にも彼なりの哲学があってそこもいいんですけど、長くなるので省略します。)

そんな感じで、前半は九兵衛(久秀)が追い剥ぎから成り上がっていくところなので、勢いがあっておもしろいです。

推測ですけど、このパートは久秀が歴史の表舞台に出てくる前のことになるので、作者さん的には、創作の余地が大きいのかなと。なのでキャラクターやドラマを作りやすいというか、筆が乗るのではないかと思いました。

後半は三悪と謀反の種明かしです。ここまで創り上げてきた久秀像をベースに、読み手の感情を揺さぶるパートであるはずですが、わたしは逆に感じました。この辺りから久秀が歴史の表舞台に上がってくるので、史実(というと語弊があるかもしれませんが)に縛られてきて、創作の自由度が落ちるせいかもしれません。

久秀もそれなりの地位について、敵が身内にいるということから、攻めより守りの姿勢が強くなるので、お話の勢いは削がれます。政局が今どのような場面なのかという説明を、地の文で長々としなければならないのも一因かもしれません。多視点で描くものならもっと場面で見せらるのかな。難しいところです。

三悪と謀反の種明かしにもインパクトがないように思うし、それを説明することに集中しすぎて、過程の描き方が雑というか場当たり的に感じました。終わりの三章で三悪をひとつずつ語っていくのですが、その形が縛りになって大きな流れを作り損ねている感じがします。じわじわと情勢が傾いていって、久秀を追い詰められていくのに、もっと気持ちとして同行したかった。それができれば種明かしにインパクトがなくても、おもしろいと思えた気がします。

以上です。

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