見出し画像

163回直木賞選評読んでみた

羽田椿です。

第163回直木賞の選評を読みました。

この記事では候補作とそれぞれの選評の紹介をします。

気になる部分を引用することがありますが、あくまでも一部を切り取ったもので、その方の意見を代表するものとは限りません。



選考委員

・浅田次郎
1997年『鉄道員』で117回直木賞受賞
長老の風格。評価というよりは薫陶を授けるという感じ。

・宮部みゆき
1999年『理由』で120回直木賞受賞
褒め上手だけど刺すときはえぐるよ。

・北方謙三
直木賞受賞歴なし、候補歴は三回
ダンディー。

・桐野夏生
1999年『柔らかな頬』で121回直木賞受賞
たぶん犬好き。

・伊集院静
1992年『受け月』で107回直木賞受賞
ほぼ馳さんのことしか書いてない。装丁大事。

・角田光代
2004年『対岸の彼女』で132回直木賞受賞
『じんかん』『少年と犬』を推す。

・髙村薫
1993年『マークスの山』で109回直木賞受賞
厳しいコメントがむしろ気持ちいい。

・林真理子
1985年『最終便に間に合えば』で94回直木賞受賞
『雲を紡ぐ』を推す。

・三浦しをん
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で135回直木賞受賞
新入り。戦後最年少選考委員。『じんかん』『雲を紡ぐ』を推す。



馳星周『少年と犬』

家族のために犯罪に手を染めた男。拾った犬は男の守り神になった―男と犬。仲間割れを起こした窃盗団の男は、守り神の犬を連れて故国を目指す―泥棒と犬。壊れかけた夫婦は、その犬をそれぞれ別の名前で呼んでいた―夫婦と犬。体を売って男に貢ぐ女。どん底の人生で女に温もりを与えたのは犬だった―娼婦と犬。老猟師の死期を知っていたかのように、その犬はやってきた―老人と犬。震災のショックで心を閉ざした少年は、その犬を見て微笑んだ―少年と犬。犬を愛する人に贈る感涙作。(Amazonから引用)

褒め称える選評が多いです。

読んでいて、快感にふるえるような小説であった。(北方謙三)
瞼がぱんぱんに腫れるほど泣くなんて(宮部みゆき)

印象に残ったのは、犬を擬人化することがなかったという点を評価するコメント。
わかるような、わからないような。うーん、なんとなくだけど、犬にアテレコするような描写がないってことかな?
確かに、作中の犬、多聞はその感情を汲み取るような書かれ方はしてなくて、外から見た動作、仕草だけが描写されていた気がします。

馳星周さんはベテラン作家さんで、七回目の候補で受賞ということもあり、選考委員の中にも喜びを表している方が何人かいらっしゃいました。身内感あるなあという感じです。

やっと受賞作家に加わってくれて、心底ほっとした(北方謙三)
私は読む間、何度も「馳さん、マイッタナー」とつぶやいた。(中略)疾走する馳氏の姿を見ることが出来、これほどうれしい夏はなかった。(伊集院静)

この作品を推さない声もあります。ざっくりまとめると、短編集の各話が全体的に似たような感じ、ということかな。

ハードボイルドとしても動物の物語としても終始平板で深みを欠き(髙村薫)
犯罪者も娼婦も、農業をやる男も、みんな強引に馳カラーに染められた。(林真理子)



今村翔吾『じんかん』

戦国時代の三悪人の一人として名高い松永久秀。その生涯を、絶望的貧困から立ち上がり、一国の城主として大成、さらに最後、織田信長に攻められ自害するまであまさず余さず描く。『童の神』で直木賞候補となった今最も勢いのある若手歴史作家による、圧巻の戦国巨編!(Amazonから引用)

エンタメ的なおもしろさが評価され、二作同時受賞という声もひとつならずありました。

勢い、意気込み、迫力に魅せられた。(角田光代)
真の民主主義とはなんなのかを問いかける試みも、敗れていったひと、弱い立場のひとにひたすら寄り添い、かれらの声なき声をよみがえらせようという作者の気概と気迫も、素晴らしかった。(三浦しをん)

おもしろさを評価する声が多い中、長いという意見も見られました。

力作だと思うが、やや冗長に感じられた。(桐野夏生)
はたしてこの長さは必要だったのか。(林真理子)



伊吹有喜『雲を紡ぐ』

壊れかけた家族は、もう一度、ひとつになれるのか?羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布」ホームスパンをめぐる親子三代の心の糸の物語。(Amazonから引用)

この作品は、読み心地のよさを評価する一方、手仕事の描写が物足りないとの指摘がありました。また、予定調和である、解決が甘いといったコメントもありました。

マイナスを大きくとる選考委員と、プラスを大きくとる選考委員がいて、評価が割れたなという印象です。

取材が表面に剥き出しになった作品だった。丁寧に、細部を書きこんでいくのはいい。しかしどこかで、取材から跳ぶ想像力が必要なのではないか。(北方謙三)
ステレオタイプの人物たちは、ホームドラマの安定感と心地よさに包まれたまま予定調和の域を出ない。(髙村薫)
ひとつ間違えると、ありきたりの“お仕事小説”になるところであるが、作者は性急に物語を進めない。ちょうど手織りの布のように、デリケートに少しずつ心が語られていく。(林真理子)
やわらかな小説のようでいて、実は激しく生々しい心の機微が丁寧に描かれているところが、とてもよかった。(三浦しをん)



遠田潤子『銀花の蔵』

大阪万博に沸く日本。絵描きの父と料理上手の母と暮らしていた銀花は、父親の実家に一家で移り住むことになる。そこは、座敷童が出るという言い伝えの残る由緒ある醬油蔵の家だった。家族を襲う数々の苦難と一族の秘められた過去に対峙しながら、少女は大人になっていく――。圧倒的筆力で描き出す、感動の大河小説。

人物造形の確かさが評価されていますが、それの小説としての描き方に関してはうまくいっていない(素人がざっくりまとめた表現です)という意見もありました。特に、浅田次郎さんの選評は作者を見事に分析しているなあと思って、全部引用したいくらいです。書くものが近いからかなあ、と思ったり。近くはないか。

ほとんど瑕疵のない王道の家族小説だと思いました(宮部みゆき)
これだけ多角的にぎっしりと詰めこんだストーリーを、主人公の一視点で描き切るには手法上の無理がある。その無理を通せば、作者と主人公が感情的に親和して、物語の基本である客観性が喪われてしまう。(浅田次郎)

そのほか、この小説には外部がない、という意見もありました。三浦しをんさんのコメントが分かりやすかったです。

「この世界には雀醤油の一家とその関係者しか存在しないのか?」と感じたのも事実(三浦しをん)



澤田瞳子『能楽ものがたり稚児桜』

破戒、復讐、嫉妬、欺瞞、贖罪―。情念の炎に、心の凝りが燃えさかる。能の名曲からインスパイアされた8編のものがたり。(Amazonから引用)

この作品には厳しい評価が並びました。自分には能の知識がない、と前置きされて選評に入る委員さんが多かったです。自分は評価するすべを持たない、この作品のよい読者ではない、など評価が難しい作品なのねと思わせるコメントもありました。作者の澤田瞳子さん自体は評価するのだけど、この作品は、という感じのものも多かったです。

残念ながら、長い時間をかけて練られ、殺ぎ落とされて残った能のストーリーの方が面白く感じられた。(桐野夏生)
この短編集は、文学賞云々の固いことは抜きにして、軽やかに楽しまれるべき作品だと思います。(宮部みゆき)
わけてもかたちのない分だけ安易に変容しやすい文学において、この作家はかけがえのない存在だと思える。(浅田次郎)



選評の紹介は以上です。

今回、はじめて候補作を全部読んで、感想らしきものを書いて、なかば答え合わせのような気持ちで選評を読みました。

首から頭が外れるくらい頷いてしまうものから、ちょっと殺意湧くなと思うものまであって、とにかく選評読むの楽しかったです。

今回から三浦しをんさんが選考委員に入られ、いろんなところで選考委員に名前を見かける方だったので、それも楽しみでした。

印象に残ったのは、『雲を紡ぐ』の選評で、「取材内容の取捨選択の匙加減は、本当にむずかしい。」とあったことです。これまで数々の取材を元にした作品を書かれてきたであろう作家さんですから、すごく実感がこもった言葉に思えました。こういう創作者としての面が垣間見えると、ちょっとうれしくなります。


直木賞の選評が載ったオール讀物9・10月合併号はまだ発売したばかりです(20.8.27現在)。まとまった形で読めるのはこれだけですし、興味のある方はぜひ読んでみてください。受賞作『少年と犬』全六話から三話(第一話、第三話、第六話)も掲載されています。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集