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ニューヨークのガイドブックに載らない店


今回のテーマ:1ドルショップ
by らうす・こんぶ


日本に100円ショップがあるようにニューヨークには1ドルショップがある。もっとも、私が住んでいた、移民が多いクイーンズやブルックリンでは1ドルショップではなく”99セントショップ”だったが。

クイーンズでは私のアパートの徒歩圏内だけでも5件くらい99セントショップがあった。店の外には大きく「99セント」と書かれているものの、お察しの通り99セントの商品はごくわずか。ニューヨークに住み始めた頃はマンハッタンにも99セントショップがあって、「こんなものまで99セントで売られている!」と驚いたものだが、20年も経つと物価上昇で、マンハッタンより物価が安いクイーンズでさえ99セントの商品はほとんど見かけなくなってしまった。

数年前には安っぽいスリッパとか歯ブラシとか、透明のビニール製のシャワーカーテンなどが99セントで買えたが、私が帰国する頃には99セントで買えたものはトイレットロール1個とか造花1本くらいだったと思う。この1年ほどのニューヨークの物価上昇は激しいようだから、早晩99セントショップで99セントの商品を買うことはできなくなるかもしれない。

日本の100円ショップの商品はクオリティが高く、”お値段以上の価値”があって当たり前だが、ニューヨークの99セントショップで99セントで売られているものは”お値段なりの価値”しかない。安物がそれなりの価格で売られているに過ぎないので、日本の100均に慣れている日本人がニューヨークの99セントショップに行っても何も買うものがないだろう。

ニューヨークの99セントショップは安かろう悪かろうなのに、なぜニューヨークにはこういう店が多いのだろうか。ニューヨークには貧しい人が多いことと、移民が多いことが理由かもしれない。

99セントショップにはひと通り生活費需品が揃っている。洗剤、石鹸、シャンプー、食器、鍋などの台所用品、掃除用具、ゴミ袋、殺虫剤、文房具、はさみや糸などの裁縫道具、ティシューペーパー、電池、電気コード、鍵、おもちゃ、扇風機などの簡単な電化製品、服、靴下、下着、袋菓子、パーティーグッズなどなど。そして、レジには必ず宝くじが置いてあった。

つまり、生鮮食料品以外のものはほぼなんでも揃う。クオリティとかデザインにこだわらなければ大抵のものは安く手に入る、貧しい人たちのコンビニエンスストアなのだ。長年貧しい人であった私もよく愛用していた。トイレットペーパー、キッチンペーパー、ポケットティシュー、シャワーカーテン、スリッパなどはいつも99セントショップで調達。ニューヨークに引っ越したばかりで家財道具が何もなかった時は、スプーンやフォーク、皿、まな板、トレイなどを買ったこともある。悲しいほど安っぽかったが、当座の間に合わせのつもりだったので、使えればよかった。

ずいぶん前のことになるが、1パイント入りのアイスクリームを食べようとして99セントのスプーンで掬おうとしたら、スプーンは90度にぐにゃりとひしゃげてしまった。いくらアイスクリームがこちこちに硬かったとはいえ。。。私はニューヨークでは誰でもユリ・ゲラーになれることを知った。

私が住んでいたエリアでは、99セントショップは中国人や韓国人、インド人が経営していることが多かった。これは私の推測だけれど、ニューヨークに来たばかりの移民にとって、99セントショップは始め安い商売だったのではないだろうか。

かつてはその名の通り、ほとんどの商品は99セントだっただろうから、客がレジに持ってきた商品の点数を数えて電卓に99X点数を入れて合計金額を出せばよかった。商品知識もいらないから、英語が上手くなくても働くことはできただろう。新しくニューヨークにやってきた移民が、先輩移民から店を居抜きで引き継ぐこともあったかもしれない。

私は99セントショップを覗いて歩くのが好きだった。店内にごちゃっと無造作に物が積まれていて、どんな物があるのか好奇心をそそられる。店の経営者が中国人かインド人かによって、若干品揃えが違ったりするのも面白かった。今の日本では絶対に売れないような粗悪品も多いのだが、高度成長期に入る以前のまだ貧しかった頃の日本にはこういうバッタもんを売る店もたくさんあったんだろうなと思うと、ある種のノスタルジーのようなものを感じた。



らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

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