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ストリートベンダー劇場

今回のテーマ:ストリートベンダー

by らうす・こんぶ

ニューヨークのストリートベンダー(屋台)はニューヨークの風物詩。ホットドッグ屋台もあればニューヨーカーが通勤途中にドーナツとコーヒーを買っていく屋台もあり、ランチの選択肢として人気のハラルフードやタコス、モモ(チベットなどで食べられている餃子のようなもの)などエスニックフードの屋台もたくさんあり、スーパーが近くにないような場所ではストリートで野菜や果物が売られている。

私はあまり外食をしないのでストリートベンダーから買うことは滅多になかったが、屋台のある風景はニューヨーク らしくて好きだった。通勤時間にはドーナツやベーグルなどを売る屋台の前に、デスクで簡単に朝食を取りたいニューヨーカーの列ができる。短い通勤時間はこうした屋台にとって書き入れ時。客の注文を聞き、ドーナツと紙ナプキンを手際よく紙袋に入れ、紙コップにコーヒーを注ぎ、ミルクや砂糖を入れて手早く客に渡し、お金を受け取る。この一連の動作をどれだけ手早くできるかどうかで売り上げも変わる。

店の人は常連さんの顔とコーヒーの好み(ブラックか、ミルクを入れるか、ミルクと砂糖か、ミルクと砂糖の量はどのくらいか、など)を覚えていてテキパキと注文を処理する。あんまり忙しい時は待っている客の顔を見て、ドヤ顔で注文を聞かないうちからいつものオーダー通りにコーヒーにミルクを入れたり砂糖を入れたりしてしまうこともある。

よくストリートベンダーからドーナツとコーヒーを買っていた友人は、「今日はブラックコーヒーが飲みたいと思っても、注文する頃にはもう私のコーヒーにはいつものようにミルクを入れて用意されているので、ブラックにしてなんてとても言えない」と言っていた。客の方も急いでいるし、他にもたくさん人が並んでいるので、もたもたしていてはいけないという気になり店の人に協力する。そこには店の人と常連客との間に一種の暗黙の了解的なチームプレイが存在する。

午前11時ごろ。ランチタイムの少し前くらいになるとドーナツとコーヒーを売る屋台はこの日の仕事を終える。すると、どこからか小型トラックがやってきて、屋台をトラックの後ろに連結してどこかへと去っていく。

たまたまこの時間帯にマンハッタンを歩いていて、慌ただしい朝の通勤ラッシュとランチタイムに挟まれた緊張感のなくなった時間に、仕事を終えたストリートベンダーの屋台がトラックに引かれて街から消えていく義式に初めて遭遇した時は、「ああやって屋台を運んでいくんだ」とちょっと感動した。ストリートベンダー劇場のバックステージを覗けたみたいで…。


らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote: 

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