医師を目指す児童・生徒に贈る、”数学”を学ぶ理由
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対象:中学生~高校生 加えて、上記話題に興味のある皆様
はじめに
医師は、将来なりたい職業として、人気のものの1つだと思います。ただ、実際になるのはそんなに簡単ではなくて、まずは受験勉強という形で、たくさん努力しないといけない職業だと思います。その中で、「これ、医者になったときに役に立つの?」と迷いながら学習することも多いでしょう。このNoteでは、そんなお悩みを医師の立場から考えてみたいと思います。
本日の要点
1)確率で考えるための数学
2)第三の言語としての数学
1)確率で考えるための数学
今回は、数学を通して学んだことが医師としてどのように活きるのか、活用されるのかという点を考えてみたいと思います。数学と診療の最大の関わりはズバリ確率ではないかと思うのです。私も医師になる前は、医療を0と1,または〇と×で捉えていた(例えば、この薬は効く、効かないとか、手術は成功or失敗みたいな二分法ですね)ように思いますが、医師になってみると、診療というものは思った以上に確率の世界であると気づかされます。
◇なんの疾患だろう???問題
例えば、目の前の患者さんの病気がなにかを考えるとき、いきなりある検査をして、「はい!この病気です☆彡」と分かることはそこまで多くありません(私の場合は診療技術の未熟さもありますが)。なので、こんな感じで考えていきます。
「ふむ、患者は若い女性か……女性ということは、〇〇や△△の病気の確率が高いな。でも、高齢者でないなら、△△である確率は下がるな……」
「なるほど。腰に強い痛みがあったのか。そして、吐き気もあったのか。ということは、●●や××の病気の確率が高いな。でも、痛みや吐き気が今は収まっているということは、××の確率は下がるな……」
このように、☆☆病!と一発で当てるのではなく、患者さんの話、診察で得た情報、検査結果などを踏まえて、”最も確率の高い病気”がこれであると考えるのが実際の診療プロセスなのです。(また、いくら確率は低くても、見逃したら死んでしまう病気はきちんと調べる必要があるのですが、今回は本筋から逸れるので、この話は省略。)
なぜこんな面倒なプロセスが必要なのかと言えば、患者さんの訴えや、診察で得た情報、検査結果が、医学の教科書に書いてある、「この疾患は典型的にはこういう訴え、こういう身体所見、こういう検査結果ですよ!」という情報とそのままマッチすることは稀だからです(まあ、だから”典型的には”と書いてあるわけですが)。検査結果についても、う~ん、この数値は確かに正常よりは高いんだけど、でもこの疾患というには微妙に低いんだよな、ということはよくあります。だから、確率という武器を使って、可能性が高いものを残していく操作が必要になるのです。
◇この薬、使うべき???問題
他にも、薬を使用するかどうか決めるときにも、確率がモノをいいます。例えば、頭の血管に血の塊が詰まる脳梗塞という病気があります。この病気に対して、血を溶かす薬や血が固まりにくくする薬を使用するかどうかという問題を考えてみたいと思います。
一見すると、血の塊が病気の原因なのだから、薬を使って塊を溶かしたらいい、せめて固まりにくくしたらいいと思うかもしれません。
しかし、血の塊が溶ける、血が固まりにくくなるというのは、人体にとっては大きなリスクでもあります。簡単に言えば、皆さんが切り傷をしても、すぐにカサブタができて血が止まるのは、”血が固まる”からです。薬でこの作用を止めると、出血したときも血が固まりません。切り傷くらいならいいかもしれませんが、体の中で出血が起きたら、最悪の場合、打つ手がなくなることもあります。
このように考えると、血の塊を溶かす薬や、血が固まりにくくなる薬を使用するか判断するというのは、「血の塊を除去するメリット」と「出血しても血が固まらなくなるデメリット」を天秤にかけることを意味しています。そして、この判断をするには、どれくらいの確率で血の塊が除去できるのか、または、どれくらいの確率で致命的な出血が起こるのかという確率に関する情報が不可欠です。こう考えると、薬1つとっても、医療の根っこに確率という考え方が根付いていることがわかるかと思います。
*専門の先生方には、t-PAと抗凝固、抗血小板がまぜこぜの文章になってしまって恐縮ですが、中高生向けとして説明の簡便さを優先した形であることをご理解いただけるとありがたいです。
2)第三の言語としての数学
そして2つ目は、第三の言語としての数学……というか統計学です。現在の医療は、さまざまな研究から分かったことを集約し、これを患者さん個別の状態と照らし合わせて活用するというシステムで運用されています。ざっくりいうと、これが”EBM:根拠に基づいた医療”というやつです。
先ほどの薬の部分でお話していた、この薬でメリットが得られる確率がどれくらいで、デメリットが出てしまう確率がどれくらい、というのはまさしく過去の研究から分かったことを活かして使用しているわけです。
ただ、この”EBM:根拠に基づいた医療”で難しいのは、”患者さん1人1人が異なる”ということです。例えば万民にとって、薬Aでメリットが得られる確率とデメリットが出てしまう確率が同じならいいのですが、患者さんに糖尿病があるかどうか、とか、ある遺伝子を持っているかによって、確率が変わってしまうことはザラにあります。
また、先ほどは若い女性を例に挙げてお話しましたが、逆に高齢者の場合は、糖尿病や脂質異常症(血液中に脂肪成分がたくさんあるイメージ)があると、あるタイプの疾患である可能性がまるで変ってきたりします(難しいかもしれませんが、糖や脂肪は多すぎると血管にダメージを与えるので、心筋梗塞など、血管が原因の病気の確率が上がってしまいます)。
と考えていくと、もともとの実験や調査のデータを深く読み込みたくなるものです。ここで必要な言語が統計なのです。実際に論文を調べると、「どのような検定をおこないました。信頼区間はこれくらいです。オッズ比は……」などと、統計を知らなければ異国の言葉に見えるような文言が並びます。これらの呪文に負けないようにするために、統計が必要だと思うのです。
医療における”根拠”は数字によって示されます。なのに、統計という言語がわからず、数字を読み解くことができなければ、日本語(実際は英語が多いですが)の字面だけ追っていては、「う~ん、なんとなく分かったかなぁ」となってしまうように思うのです。だからこそ、自分が使おうとしている”確率”をより深く理解するために、統計を学ぶことをお勧めしたいのです。その基礎である数学を学ぶことも同様です。今は幸い、数学に「データと分析」とかいうのが盛り込まれているはずですしね。
本日の要点:Again
1)確率で考えるための数学
2)第三の言語としての数学