「変わる組織」はどこが違うのか? 36
「カリスマ経営」からの脱皮
意外と知られていないことですが、先進各国は「カリスマ経営」からの脱皮で苦しんでいます。第二次世界大戦の後、戦後の復興の中で起業が活発になりました。その創業経営者たちがリタイヤし世代交代が進んでいるのですが、これが結構むつかしい問題をはらんでいます。
創業から何十年も企業の成長をリードしてきた創業経営者たちは、「カリスマ経営者」になっています。誰も彼・彼女の言葉に逆らえない実績が積みあがっています。時代は変わり、もはやこれまでの経営手法では事業の発展は期待できないのですが、彼らに代わって経営ができる人材は社内に育っていません。創業者の苦労を間近に見てきた子供たちは、親のあとを継ごうとは思わない。そういう中堅中小企業が先進国には多くさんあります。
それがどの程度深刻か、日本を例にとって見てみましょう。70歳以上のトップが経営する会社は全国に245万社あるといわれています。恐ろしいのは、この約半数の127万社が後継者未定になっていることです。さらにその半分は黒字会社です。全企業数は380万社とも言われますから、実にその 1/3 で後継者がおらず廃業の危機にあることなのです。
中堅中小企業は、日本の就業人口の70%を抱えているので、そこを中心に30%超の企業がなくなるというのは、とても大きな社会課題です。これが日本だけでなく先進諸国すべてが抱えている大問題です。
この問題が顕在化しているのは中堅中小企業においてですが、事業承継が難しいのは、ソフトバンクGr、ニデックといったカリスマ創業経営者がいる大企業でも同じです。起業家精神に乏しいサラリーマン的な人が継ぐと事業は停滞しますから、人選は難しいのです。もっと言えば、そういう人選に失敗した大企業は官僚化し、停滞してきたのかもしれません。
さて、この問題に比較的うまく対応しているのがアメリカです。どうしたのかというと、株式を公開していない中堅中小企業に投資するPEファンドが、事業承継者のいない非公開企業の株を買い取り、経営者を入れ替え、人材を注入して事業を発展させることに成功しているのです。
信じられないかもしれませんが、80年代までは、アメリカでも事業を売るというのは経営者としては恥ずべきことでした。創業家は、事業売却でお金が入るのでいいのですが、残された従業員や長年築き上げてきた事業がダメになる。自分たちだけがいい思いをするのはいかがなものか! という発想があったのです。
しかし、この懸念は見事に裏切られました。実際にしかたなく事業を手放した結果、家業だった会社は、優秀な経営者に代わることで発展し、従業員の収入も増えて2件目の家を建てられるほど裕福になり、八方良くなったねという事例が続々と出てきたのです。そういう事例を目の当たりにして、承継のための事業売却への認識は180度変わりました。
ここでおもしろいのは、PEファンドへの売却の方が、事業会社(例えば私がいたGEなど)への売却より好まれるようになってきたことです。事業会社は、自分の戦略に沿って事業を買うので、買った事業の必要な部分だけを切り取ってしまう可能性があります。それに対してファンドは、買った会社の事業価値を高め、それを売却することで利益を得るので、事業オーナーから見るとその方が好ましいわけです。
これ、日本の発想とは全く逆です。日本の大企業は、買収した会社をばらばらにして必要なものを切り取るような戦略は持っていませんから。むしろ○○ファンドに買われるより、大企業傘下に入った方がうれしいわけです。
ヨーロッパはどうかというと、アメリカから10年ほど遅れましたが、PEファンドへの売却という形で事業承継問題を解決する方法が定着してきました。
日本は、その後を追っているというのが現状です。数十万社もの企業を黒字廃業から救うには、PEファンドによるM&Aしかないと思いますから、日本も米欧に続いて、事業承継M&Aが増えざるを得ません。
しかしここに日本特有の課題があります。そういう中堅中小企業に経営陣として入り、売上を伸ばし、収益性を高めていく人材が少ないことです。少し変わってきたとはいえ、若い人たちの大企業志向はまだまだ強いですからね。そういう地方の中堅中小企業に入り、事業を立て直す人材が増えると地方創生も活発になるのですが、人材の流動性が少ないところが大きなネックになっています。
アメリカのPEファンドにいたので感じるのですが、アメリカでは、そういう地方の中堅中小企業に経営幹部として入り、事業を立て直す心意気のある優秀な人が多いように思います。
さて、本題の「カリスマ経営」からの脱皮ですが、カリスマがそのままいる形で、脱皮することはほぼ不可能です。いかに優秀な経営者でも20年もたつと事業環境が変わり、以前のような優れた経営が続けられるかどうか危ういものです。しかし、彼らの実績が変革を阻んでしまいます。
どうやら有効な手立ては、オーナーが替わることでしかないというのが結論のような気がします。
そういえば、昨年99歳で亡くなったバークシャー・ハザウェイの元副会長、チャールズ・マンガーの至言に「(旧)オーナーが望むかたちで会社が長く存続する可能性は非常に小さい」というのがありましたね。