【怪談】引っ張る力【犬】
これは昨年の夏、私が体験した話。
ある日の明け方、肌寒さで目を覚ました。しばらくぼんやりと天井を眺めていたが、そろそろ二度寝でもするかと目をつむった瞬間、違和感に気付いた。
足元に、何かいる。
直後、金縛りに襲われ身体が動かなくなった。左横向きの体勢で目は閉じたままだったが、足元にいる何かの存在を強く感じる。
じっと、こちらの様子をうかがっているような…… すると突然、胸元までかけていたタオルケットがずるっと引っ張られた。
右手でタオルケットを握りしめたままだったので剥ぎ取られることはないだろうが、ずる、ずる…… と少しずつ足元のほうにずれていく。
「やめなさい!」
そう叫び、右手でタオルケットをぐっと引っ張り戻したと同時に、頬と首元にふわふわした柔らかい何かが当たり気配がふっと消えた。
数秒後、部屋の外の廊下をチャッチャッチャッという音が駆けぬけていった。気付けば金縛りは解けていた。
その「引っ張る力」には覚えがあった。見知らぬ何かではない。まぎれもなく、昨年 天国へ旅立った愛犬のそれだった。
絶対そうだ。私にはわかる。だって、あんな風に引っ張るのは、あの子が遊んでほしいときのサインだから。
ふだんは大人しいのに、一旦スイッチが入ると私の服の裾や袖口をよく引っ張っていた。夜勤明けで寝ているときでも容赦なく、布団をずるずると引っ張っては私の頬や首元にふわふわの胸毛をこすりつけて起こすのだ。「もう少し寝かせてくれよぉ」なんて言いながら、内心ちょっとうれしかったりした。
フローリングの廊下の上を歩くたび、チャッチャッチャッと爪の音がした。うれしいとき、眠いとき、お腹が空いたとき、どれも微妙にリズムやテンポが違っていて愛おしかった。ダックスフンド特有の短い脚で、一生懸命歩く姿が大好きだった。
そんなことを思い出しながらふとスマホの画面を見ると、見覚えのある日付。あの子の命日だった。なるほど、だからか。会いに来てくれたんだな。そう思った途端、ほろほろと涙が流れて止まらなくなって、タオルケットを握りしめながら泣いた。
これが、私が体験した唯一の犬怪談でございます。
数日前、我が家にやってきた2代目ダックスフンドの男の子と遊んでいる最中、ふと思い出しました。
最近、大好きな「犬」と大好物の「怪談」を併せた犬怪談なるものを集めたいという願望が強くなっているのですが、いまのところ、こちらを含めた2話しかありません……!
どなたか「犬にまつわる不思議な話」をお持ちのかた、ぜひお聞かせください🐶
※余談ですが、オカルトコレクター・田中俊之さんの犬怪談も最高なのでぜひご覧ください。