春の東北湯治㉒【羽根沢温泉~カルデラの中へ】
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岩手県雫石町の鶯宿温泉を発ち、今度はさくらんぼの里山形県に入る。
狙ったのはカルデラの底の温泉街「肘折温泉」。だが道中想像以上の道のりだった。
雫石は秋田との県境。私の頭の中では「東北」と大きくグルーピングしており、山形は隣県くらいの心持でいた。だがその距離なんと160キロ。東京から下田(静岡)の直線距離よりも遥かに長い。
下道をトコトコ走ること一時間。北上から横手を結ぶ北上線へとぶつかった。温泉付き駅舎がある「ほっとゆだ」、そしてドライブイン併設の「巣郷温泉 でめ金食堂」を通過。
後者は食事をすると、家風呂の様な温泉に入れてもらえる珍湯としても知られている。源泉も強力な油臭を放つ個性派で、何度か訪れたことがある。
しかし私が通過した翌日、現在は温泉は営業していないという心配な情報が入って来た。一時的な休業であれば良いが(再開しているかは未確認)。
ここまで自宅を発って2週間以上。入って来た湯の多くは再訪だ。だが余りにも多すぎる温泉の廃業、そして先が見えている旅館の数々を見た。
「頼むからこれ以上なくならないでくれ」
遠く長いみちのく路。トライブの途中、ふと強烈な愛惜の念に駆られ、まるで寂しさを追い求めるように旅に出たような錯覚に陥った。
休憩を挟みながら横手~湯沢と下り、ようやく山形県へ。秋田の広大さを印象付けるドライブだった。だが県境を跨いだところで肘折温泉までは1時間以上、すでに身体はガチガチになってしまった。
ここでようやく1湯立ち寄り。山形県北部に位置する人口4千人の鮭川村にあるのは「羽根沢温泉」。こちらも数年前に訪れている。
多目的集会所と書かれた小さい木造小屋、こちらの1階部分が共同浴場となっている。オートロック式でコインを投金すると開錠。値段が少々上がったようだが(200⇒300円)あの時と変わらぬ油臭が鼻腔を突く。
墨汁を薄くしたような色、全身をヌルヌル感が覆う。
大した数を回っている身分ではないが、こちらは全国屈指のヌルヌル感を持つ湯だと思う。ここでも大型連休の中日にありながら終始独占でいただいた。
ここまで来ればあとは南下するのみ。見えてきたセブンイレブン。ここから先はカルデラの底まで店はない。最低限の食物を確保し、一本道を進む。
最盛期には3mにも及ぶ雪の回廊はとうに溶けており、驚くべきことにこの日は夏日となった。念のためにと履き替えずにいたスタッドレス、とうとう最後まで必要はなかったようだ。
日本の湯治場の代表的な地と言えば、やはり鳴子と肘折で異存はないだろう。両者を比較すると、肘折は街の造りがコンパクトな点が挙げられる。
カルデラの底にある温泉街には、徒歩圏内で生活が完結できるよう飲食店や精肉店などが密集している。特に旅館群がほとんど隙間なく林立している光景は何度見ても圧巻だ。
実は本旅で唯一目当ての宿が満室で取れなかったのが肘折。
だが次善の策となった「西本屋旅館」も以前から気になっていた宿だった。こちらも繫忙期であっても宿泊料金を変えないスタンスで、湯治スタンダードプランは連泊だと3食付いても5千円台に収まる。
湯治食らしく山菜や魚が中心のプラン。これにクーラーボックスで旅を共にした余り食材でグレードアップ。ここで全て空にし、この湯治を終える。
到着した西本屋旅館は建物こそ年季が入っており、鍵が掛からないなど湯治場らしいが、非常に館内は清潔だった。女将さんに2階奥の部屋を案内いただく。この日の熱さは異常だった。
女将 「すみません。急に暖かくなったもので、、カメムシが、」
私 「いいえ、全然大丈夫ですよ」
(これまで泊まって来た宿の方が、遥かに凄かったですから)
令和4年5月7日
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