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まつろわぬたみ 土蜘蛛へ 鎮魂

おはようございます。

あんこです。

まつろわぬ民(服従しない)
土蜘蛛について


その昔 鬼とされた土蜘蛛 
※他に熊襲 蝦夷 有尾人 隼人など
全国にあり

そもそも鬼も、まつろわぬ民に対して
付けた呼び名

鬼(おぬ)隠れる 


妖怪退治として 藤原道長に仕えた 源頼光
酒呑童子の退治でも有名ですが 巨大な蜘蛛を
名刀膝丸で退治した話があります。
※首を刎ねたところ 1990個の死者の首が転がったともいわれています。


日本書紀にも記された 土蜘蛛

神武天皇の即位前

葛(くず)を使って網を作り 
その網で捕えて殺していた虫けらのごとく 扱いで


※葛の蔓

そして 土蜘蛛が住んでいた土地を奪い 
その場所の名前を
葛城(かつらぎ)としました 。

網で捕え成敗した場所という例えでつけたというから
なんともおぞましい。
※現在の奈良県の葛城です。

この葛という響きと同じで
奈良市都祁では 国津神社などがあります。
この国津という字は 葛から来ています。

また 九頭龍の 九頭(くず)も同じ


国津神は 元々土着の神であり
この流れから見ると 国津は (くず)から
来てると推測できます。

またそれ以前にも討伐をした話があり
長髄彦や 名草戸畔(なぐさとべ)という女賊なども


殺害したという話があります。
※長髄彦は東北に逃げたという話もあり

このような土地を奪い殺害をする方法には
だまし討ちをしたケースも多く見られたようで
野蛮で凶暴とされ 誅(ちゅう)されて当然にように
日本書紀でも書かれていますが
討伐された側の 当事者たちからすれば
本当に たまったもんじゃないですよね。

その時代 平和に静かに暮らしていた
土着の民を まつろわぬ民(土蜘蛛)として
突如 侵入してきて なんの対話、交渉もなく殺されてしまう
普通に考えて
恨んでも 恨みきれないほど 遺恨が残ったと思います。

今残っている 歴史は その時代の勝者の手によって
作られるとよく言いますけど

そうして 無念にも殺され 今では忘れさられてしまった
人たちこそ悲運

僕たちは 虐げられ続けてきた人々たちのことを
まずは知ってあげること

そして そのような場に行くことがあれば
御霊を鎮めるための 祈り 鎮魂を捧げたい

そう思いブログに綴りました。


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