宵闇に窒息する

 時間は前に進む。物は落下する。そんな自然の摂理に逆らいたくて、僕は水飛沫を真上に跳ね上げた。流れるシャワーに逆らって一瞬飛んだそれは、やはり自然の法則通りに放物線を描いて落ちた。

 時が進んでいくのが怖い。明日が来るのが怖い。冬が来るのが怖い。それは変化だから。変化がいい方向だけだと思えるひとが羨ましい。
 調子が良い日々にひたひたとついて回る予感。また調子を崩して、自分を呪い他人を呪い、全てが怖くなって、動けなけなって、あるいは死のうとする、そんな日々がやってくる予感。それは日常の端々に表れる。
 なんだか疲れた、うまく頭が働かない、ご飯を食べるのが面倒で、部屋がいつもより荒れ出して、昼夜逆転が始まる。その兆候のひとつひとつに、苦しいあの頃を思い出しては怯える。

 僕は死にたくないのに、もう一人の僕は死んだほうがいいよと囁く。そのうちもう一人の僕のほうが「僕」になるだろう。死んだほうがいい。生きているよりもずっと。そう思って死ぬ手段を探し始める。

 僕にとって自死はたぶん、復讐なのだと思う。希死念慮の始まりは両親への復讐だったから。だから世の中の嫌なところを見ると死にたくなる。優しくされると死にたくなる。僕のとこ知らないくせにと思って。でも死んでやったら、お前らの目の前に死を突きつけてやったら、呑気なその考えも吹っ飛ぶんじゃないか、と夢想してしまう。でもすぐに忘れてしまうだろう。しばらく悲しんで、酒の肴になり、そうしておしまい。僕の突きつけた死の生存期間は一ヶ月といったところか。

 だから死ぬならきみのトラウマになるように死にたい。手紙を書いておこう。きみへの愛と呪いを綴った手紙を。もしくは目の前でナイフを突き立てよう。もちろんスマホなんて壊しておいてあげる。さようなら、きみ、僕のことずっと忘れないでいてね。そう言いながら死ぬのだ。

 「普通」のみんなに「それ」を突きつけたい衝動。しかし打算が働いてなにもしない。普通が埋め尽くされていくたび僕はその場から意識を飛ばして、自分の中に引きこもる。僕の居場所は僕の心の中だけ。

 ふたたび死にたいと死にたくないの間に挟まる。夜の闇が襲う。苦しかったあの頃を思い出す。今も苦しい。夜が怖い、夜が来るのが。一人でいるのが。寂しい。どうしよう、僕、自分の中でしか生きられないのに。

 くらやみの中は全てが混沌として、ある意味では包むこまれ、そしてある意味では僕を締め付ける.

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