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怪異を訪ねる【遠野 早池峯神社】その二
座敷わらし祈願祭への現地取材と見学への予定が固まった私は、二〇二三年三月上旬、早池峯神社へ電話を掛けた。見学だけではわからなかったり気が付かない点もあるはずだと思い、祭りの前後の日程でお話を伺えないかどうか、取材の依頼の為であった。
早池峯神社には宮司さんや職員の方が常駐しているわけではない。電話を掛けたからといって、応答があるかは掛けてみないとわからない。よって、私は複数回、電話を掛けた。
プルルルルル・・・。ガチャ。
「はい・・・」
何度目かのあるとき、応答があった。
「お忙しいところ恐れ入ります。東郷と申しますが・・・」
電話に出られた方はご年配の女性のようで、私が簡単に自己紹介と目的を説明すると、すぐに宮司に変わりますと仰った。
「もしもし」
口調のはっきりとされた女性宮司さんが電話を引き継いでくれた。改めて連絡を入れた趣旨と取材の依頼をお伝えした。
「ああー・・・。当日前後の動きがまだはっきりしておりませんし、来月半ば過ぎたあたりにならないと何とも申し上げられませんので・・・」
そもそも取材対象が神事である。現代でこそ、日本各地の祭事や神事はテレビの取材などを受けて開放的な姿勢を見せるところもあるが、神事は秘めたるものという側面もある。それ故に、私はこのような依頼のときは、先方にはお断り頂いても構わないという姿勢を初めに丁重かつ慎重に伝えることにしている。
「そちらは確か、FAXもございますよね。またお時間のあるときで結構ですので、FAXを送らせて頂くので読んで頂ければ幸いなのですが。また来月下旬に連絡させてもらいます」
そんな短いやりとりがあって、電話を切った。電話越しで最初に私が抱いた印象としては、あらゆる取材を受け入れているというよりも、神事として祭りを公にはしすぎないスタンスなのかもしれないと思った。地元のテレビ局が過去に取材をしたことがある記録が残っているが、神社としては最小限の情報発信にしているのだろう。それが更に神秘性を高めているといえる。その後、私は改めて取材に関するFAXを送った。
四月下旬。FAXが届いているかの確認も兼ねて、私は再び神社に連絡を入れた。
「はい、もしもし」
聞き覚えのある宮司さんの声がした。すぐさま先月に連絡したことを伝えてみる。
「あーFAX届いておりますよ。ただ、祭り前後はやはり忙しくもなりますので、ちょっと難しいので・・・」
万事休す。これ以上はくどいやり取りで不快感を抱かれても申し訳ないので、時間の許す限り、電話で二、三質問させて頂いた。まずは表に出ている情報の真偽の確認である。
「お祭り自体は比較的新しい祭りと聞きましたが」
「ええ。昭和六十三年にはじまりましたから」
やはり開催された時期は事前の情報通りであった。重ねて祭りの概要を聞いてみた。
「朝と昼の部がありまして、十時からと十二時からとあります。今回は通常規模での開催となりますが、人形は今は作っていないです。当日見学して頂く分には構いませんので・・・」
続いて質問をさせて頂こうとしたが、お忙しいようで長電話になってもいけないので、ここまでのやりとりとなった。
「では、当日、伺います。お忙しいところ失礼いたしました」
こうして、私は電話を切った。神社のホームページが存在せず、由緒や謂れをあまり前面に押し出さないが故に、先述のように神社そのものとザシキワラシの神秘性が高まるわけだが、そう簡単には情報を入手できないのが却ってオカルトファン、ザシキワラシファンの探究心を擽る。当日の訪問がより一層、楽しみになってきた私は、着々と準備をしてその日を迎えることにした。(続く)